~陽の巻~
「お前の部屋の前まで送ってやる」
そうすれば、火鳥の部屋がどこなのか、確かめることができる。
あの、屋敷の隅の部屋を使っているのだろうか。
やはり――何か裏があるのか?
絶対に不自然だ。わざわざ日当たりが悪くて、狭い方を選ぶなんて。
「でも……」
「いいから」
信勝が、にやにやしながらこっちを見ている。
絶対、なんか勘違いしている。
「兄上がうらやましいです」
いや。違うから。
俺は、お前のほうがうらやましい。
いつでも代わってやるが?
「私も、早く、火鳥義姉さまのような人と、結婚したいです」
――いや。あまり、お勧めしないぞ。神経がすり減るから。
火鳥が歩いて行ったのは、やはり、屋敷の隅の部屋だった。
「――ここを、お前の部屋にしたのか」
「はい。和颯様に頂戴した二部屋のうち、一部屋を使わせていただいております」
「あちらの部屋は不満だったか? ここより広いし、日当たりも良いだろう」
火鳥は目を伏せた。
少しの間の後、口を開く。
「――萌の境遇は、既に、お聞きになりましたでしょう?」
「聞いた」
「萌には――多くの侍女たちの助けが必要です。
わたくしは、各務野だけがいれば十分です。
あちらの方が広かったので、萌と侍女に使わせることにしました」
「でも、ここでは俺が主人で、お前は俺の妻だ」
火鳥がしおらしく呟いた。
「……お気に障ったのでしたら、お詫びいたします……」
いや。そういうわけじゃないんだ……。
火鳥がその場で膝をつく姿勢を取った。ここで土下座するつもりに違いない。
「いや、怒ってはいない。謝罪も不要だ」
俺は火鳥の腕を引っ張り上げて、立たせた。
「――ただ、疑問に思っただけだ。
理由を、聞かせてくれないか」
何の感情もうつしていない、大きな黒い瞳が、俺を見上げた。
俺は、答えを待った。
不意に、火鳥の瞳に、痛いほどの切なげな色が宿った。
「わたくしは……萌にだけは、幸せになってほしいのです――」
俺の心臓がバクリと脈を打つ。
なあ、おい。
萌も、全く同じことを言っていたぞ。
「ちょっと待て。もう少し話を――」
俺が握っていたはずの火鳥の指が、するりと抜けた。
火鳥は部屋の扉を少しだけ開け、わずかな隙間に滑り込んだ。
火鳥がちらりと振り返る。
「送っていただき、ありがとうございました。では――」
すっ……。
扉が、閉まった。
火鳥の消えた扉の前で、俺はしばらく立ち尽くしていた。
信勝が、本当にうらやましそうな目でこちらを見ている。
はあ。
何でこうなるかなぁ。
俺、早死にしそうな気がする……。




