表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の妻は忍(しのび)ですか? ――でもって、もしや、次に殺される男は俺ですか?? ええ〜っ! 俺、まだまだ生存希望ですけどっ!?  作者: ひの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

179/237

斯波 義銀

「どうぞ、こちらへ」

 臙脂(えんじ)の着物の女に通されたのは、広い座敷だった。


「あの――っ……!

 お伺いしてもよろしいか?」

 義銀が、上ずった声を上げた。


「なぜ、わたしが斯波義銀だと分かった!?」


 女は、義銀を見て、すっと目を細めた。

「確証などございませんでした。

 まあ、いわば――。……はったり、です」


「……名乗らなかった非礼は、お詫び申し上げたい」

 牛一が床に手をつき、頭を下げた。


「ですが、我々は身分を隠し、ごくごく秘密裏にこちらへ落ちのびてきたのです。

 貴女(あなた)さまに正体を見破られたということは、我々の計画のどこかに綻びがあったという事。

 ――どうか、どこに綻びがあったのか、ご教示願いたく存じます」


「……お顔を、お上げくださいませ。

 ――わたくしが、和颯様に叱られてしまいます」

 臙脂(えんじ)の着物の女が膝をついた。

 顔は地味だが、所作は美しい。



「ですが、本当に確証はなかったのです。

 

 乗っていらした馬の疲れ具合から、おそらく10Kmから30Kmほどを走らせてきたと推察いたしました。荷物は少なく、着物の裾も汚れていない。

 ――つまり、尾張国内からいらしたお方。


 義銀様の乗られていた馬は、めったに見られないほどの駿馬でした。それに、ご家来も大勢で、みな立派な刀を差しておられます。

 低い家柄のお方ではないことは明らか。にもかかわらず、浴衣一枚でこちらにいらっしった。ご家来方もピリピリしている。

 ――のっぴきならない事情があり、こちらにいらっしゃったのですね。


 ご年齢と、家柄、織口家との敵対関係、それにここからの距離を考慮すると、考えられるのは、斯波義銀様以外ありえない。――そう考えました」


 牛一が唸った。


「――ですが、先ほど申し上げた通り、確証があったわけではございません。


 それでも。身分の低い方と間違えられて怒る方はいらっしゃっても、身分の高い方と間違えられて怒られる方はいらっしゃいません。

 なので、試しに申し上げてみたのです。

 ……皆様のご反応を見て、間違いではなかったと確信いたしました」


 ――なるほど……。

 賢い女だ。それに度胸もある。


「もう一つ、お尋ねしてもよろしいか?」 

 火鳥が、義銀を見た。


「はい。何なりと」

「織口和颯殿の奥方、というのは――」


「挨拶が遅れました。わたくしが、織口和颯の妻、火鳥でございます」

 火鳥は床に手をつき、美しい所作で頭を下げた。


「では、あちらにいらっしゃる、萌黄の着物を着た女性は――」


「萌、と申します」

 鈴を振ったような声がして、萌黄の着物の娘が頭を下げた。


「萌、――さんは……」

「侍女、でございます。

 火鳥様のお輿入れの際に、美濃から参りました」


 火鳥と、萌の後ろにいる侍女が何か言おうとした時、大勢の人がやってくる足音が聞こえた。


「水を持って参りました。

 皆様、足をお清め下さいませ」

 華やかな声とともに、大勢の侍女たちが入ってきた。水が入ったたらいを、縁側の外にずらりと並べる。


「おお! これはありがたい!」

 牛一が嬉しそうな声を上げた。


「遠路、お疲れでしたでしょう。ご遠慮なさらずに、どうぞ」

 萌の後ろにいた年配の侍女が、たらいを持ってきた侍女に細々(こまごま)と指示を出しながら言った。


「ではまず、義銀さまから」

 喜一が嬉しそうな顔で促す。


「うむ。そうさせてもらおうか――」

 義銀は立ち上がった。

 たらいに足を浸そうとして、ふと気付く。


 清須の屋敷を出たのは、何年も前のような気がする。なんとか無事に織口和颯の屋敷にたどり着き、賢そうな女主人に匿われた。

 命の心配はなさそうだと、安心した気のゆるみもあったのかもしれない。


 ――せっかく足を洗ってもらうなら、あの美人の侍女にやってもらいたい。



 確かにちょっと図々しいが、自分は斯波家の嫡男だ。このくらいの要望なら許されるだろう……。


「ああ。できれば、わたしは、萌にやってもらいたいのだが――」

 たちまちその場にいる女たちの空気が凍り付いた。


 ――しまった! 失言だったらしい。


「――………はい……。

 やらせていただきます……」

 萌が立ち上がろうとした。


「お、お待ちくださいませ」

 火鳥がわずかに目を泳がせ、声を上げる。


「いえ、良いのです、火鳥姉さま」

 ――姉さま、だと!?

 たった今、自分は侍女だと言ったばかりではないか!?

 ――どういうことだ……?


 それに。

 萌が火鳥の妹だったとして。

 自分は斯波家の嫡男だ。織口和颯の義妹に、足くらい洗わせても問題ないだろう。



「――あ。いや、何でもない」

 それでも義銀はこう言った。

「どうやら、わたしが要らぬことを言ってしまったようだ。

 ――済まない。忘れてくれ。

 ……お心遣いに感謝する。

 ありがたく、足を清めさせていただこう」

 

 義銀は、縁側に置かれたたらいに足を浸した。 

 先ほど、一瞬で凍り付いた空気が、ゆるゆると元に戻っていく。

 

 ―――なんなんだ、この屋敷は………!


 心の中で冷汗をぬぐいながら、義銀は自分の前途を案じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ