斯波 義銀
「これはこれは――義銀殿。
皆おそろいで、どちらへお出かけですかな?」
屋敷の門を出ようとすると、声をかけられた。
――坂井大膳――!
お前のせいで――っ!
義銀が、腰につけた太刀に思わず手をかけそうになるのを、牛一がそっと押しとどめた。
坂井大膳が、その様子を、ちらりと横目で見る。
牛一がすかさず口を開いた。
「天気が良いので――。川に魚釣りへ出かけるところです。
義銀様も、このところずっと屋敷に籠りきりですので、少しは気晴らしもなさいませんと」
坂井大膳は、無遠慮に義銀と従者たちを眺めまわした。
「ふうん……。それにしては――。
ずいぶんな大人数だな」
牛一が不遜な笑みを浮かべた。
「はい。以前と違い最近は、このあたりにも不届きな輩がのさばっているとか。
護衛は、何人いても多すぎるということはありません」
坂井大膳は尊大な態度で、わざとらしくため息をついた。
「それはご苦労なことだ。
せいぜいその『不届きな輩』の機嫌を損ねないよう、注意するがいい」
「それはそれは。多大なご親切、痛み入ります。
必要があれば覚えておくことといたしましょう。
では、失礼――」
義銀一行は、坂井大膳の隣を通り過ぎようとする。
先頭の義銀と牛一が、坂井大膳のすぐ脇をすり抜けた。
「……待たれよ」
坂井大膳の、地を這うような声。
全員が、ぴたりと足を止めた。
義銀は足元に目を落とした。震えそうになる指先を必死におさえ、動揺を悟られないようにする。
痺れるような緊張感。
義銀の背に、冷たい汗が流れた。
「いかがいたしましたか?」
ゆっくりと、牛一が振り返った。
坂井大膳は、こちらを睨みつけている。
「今からお前たちが出かけるということは。
今、守護殿の屋敷に残っているのは―――………」
坂井大膳の口がぼそぼそと動いた。
今、守護の屋敷に残る者が誰か、思い出しているに違いない。
坂井大膳ははっとしたように顔を上げると、急に笑顔になり、取ってつけたように朗らかな声を上げた。
「……いや――……。なんでもない。
言われてみれば確かに、今日は川遊びにはもってこいの、またとない良い天気。
義銀様もずっとお屋敷に籠りきりで、うつうつとした日々を送られていたのでしょう。
義銀様はまだお若い。たまには羽を伸ばされることも大切です。
今日はどうぞ、心ゆくまでゆっくりと。皆で川遊びを満喫されるとよい」
牛一にそっと背中を押され、義銀は黙って、父の残る屋敷を後にする。
目を赤くした喜一が、握った拳を震わせている。
坂井大膳はその拳にちらりと目をやったが、何も言わずに前を向いた。
喜一は、うつむき加減で坂井大膳の横を通り過ぎた。
※※※
「父上っ……!」
清州から3㎞程離れた於田井川のほとりで、とうとう義銀は馬から下り、その場に泣き崩れた。
「義銀様、泣いている暇はございません」
牛一が、その腕を引き上げる。
「すぐにでも追手がやってくるやもしれません。
義統さまが、ご自分のお体を張って守ったお命です。どうか大切になさってください。
さあ、立つのです。一刻も早く、逃げなければ」
「だけど……」
義銀はずるずると膝をついた。
「清須にはもう戻れない。
敵は今川義元。
尾張を呑み込みそうな勢いだ……。
一刻も早く逃げるって言ったって……。
今更、どこに逃げるのさ」
「ここからわずか4Kmの場所に、織口和颯という男の屋敷があります」
牛一が、義銀の耳元に口を寄せて囁いた。
「織口和颯は、先日、驚くべき秘策を用いて、今川の守る村木という砦を打ち破ったとか。
身を寄せるなら、織口和颯のもとしかございません」
牛一が屈み込み、義銀の目をしっかりと見つめた。
「義銀さま。
今すぐその男の屋敷へ参りましょう。
さあ! 早く!」




