16、清須 ~陽の巻~
「なあ。和颯。
いい加減、何があったか言えよ」
一益が、馬を並べてきた。
本家に行った帰りだ。もうすぐ那古野村が見える。
――今日も、信勝には会えなかった。それどころか、屋敷にも入れてもらえなかった。
俺と一益は、文字通り、門前払いを喰らっている。
「……」
俺は正面を向いたまま、一益を無視した。
一益は続けた。
「俺だけじゃねぇ。
村の皆も。兵士たちも心配してる。
とうとう貞じいまで、何とかしてくれと、泣きついてきた」
――うわっ……。
それって……。
那古野にいる皆、ほぼ全員ってこと!?
確かに。ちょっと……まずいかも。
だけど俺は口を尖らせた。
「……べつに……。……何もないし……」
一益はため息をついた。
「あのなぁ。
嘘をつくなら、ちゃんとつけ。
そんな『何かありました。めちゃくちゃ悩んでいます』感、ダダ洩れの雰囲気を漂わせておきながら、『何もない』とか言うな。
こっちに身にもなってみろ。勘弁してくれ」
なんとでも言えばいい。
俺は、唇をぐっと引き結んで、前を睨んだ。
「はあ~……。……ったく……」
一益はため息をついた。
「村木攻めの後だろ?
俺たち数人が、村木に残っていた間だ。
――火鳥様と、何があった?」
げっ!!
なんで、そこまで分かるんだ!?
俺は思わず、一益を見た。
一益は、軽く口角を上げ、体全体をこちらに向けて待ち構えていた。『さあ、今ここで、全部ぶちまけてみろ』オーラが全開だ。
俺は、慌てて前を向いた。
火鳥……。
あの夜、俺は確かに、火鳥と心を通わせられたと思ったんだ。
それなのに。
突然の、しかも全力の拒絶だった。混乱と狼狽。それに絶望と……恐怖?
最初は、単にふられたのだと思った。
だけど、あれは――。そんな生易しい感情じゃなかった。……と、思う。
火鳥は、強い。
強くて賢くて誇り高い。
たとえ、嫌悪する男に力づくで組み伏せられたとしても、きっともっと気高く凛としているはずだ。
でも、あの時の火鳥は動転し、怯えていた。
いったい何が、火鳥をそうまでさせたのだろう。突然訪れた豹変の、理由もきっかけも分からない。
それとも。一瞬でも心が通じたと思ったのは、俺の勝手なひとりよがりだったのだろうか。
火鳥は一益と仲がいい。悔しいが、二人の間にある特別な関係はきっと、他の誰との関係性とも全く違う。それはいつも、俺の胸を不愉快に撫で上げる。
もしも、あの夜の火鳥を理解する糸口があるとすれば。それを握っているのは一益以外ありえないはずだと思う。
だけど。俺は。
この件は、一益にだけは、絶対に絶対に相談したくない。たとえ、口が裂けても。
「お前はガキか」
突然声を掛けられた。俺はむっとして一益を見る。
一益は俺の方を見ていなかった。馬の、進行方向を見ている。
うるさいな。
余計なお世話だ。
「信勝が――顔も合わせてくれないから。……気にしているだけだ」
俺はぼそりと口にした。
「ああ、それ。な」
一益はちらりと俺を見て、もう一度前を向いた。
「信勝殿は――何年も信秀殿の跡取りとして、育てられてきたんだろ?」
さっきより、口調が柔らかい。
「理由は、和颯。兄貴のお前が頼りなかったからだ。
ところが信秀殿が亡くなる直前になって、お前はめきめきと頭角を現し始めた。那古野の村人もお前を慕っていた。あとはまあ、いろいろあって――。
とにかく。信勝殿ではなく、お前に従いたいと思う家臣が増えた。
だからお前は、信秀殿の葬儀で非常識な行動に出た。皆が、信秀殿の跡取りは、信勝殿しかいないと考えた。
だが、あれから3年経った。お前の行動の真意に気付く家臣も出始めている」
――えっ?
「じゃあ、信勝の耳にも――」
「入った、だろうな。しかも、俺の予想では――ごく最近だ」
「……え。……」
俺があの時信勝に、葬儀でとった行動の理由を説明しなかったのは、それが信勝のためになると思ったからだ。
だけど。
俺が信勝だったら。
俺自身の口から理由を聞きたかったはずだ。少なくとも、別の人間の口からなど聞きたくない。
信勝はきっと、傷ついてる。
「お前は。大国・美濃の、斎藤道三と会見した。
道三はお前に援軍まで出した。それは道三がお前を認め、買っているということを内外に知らしめた。
で。とうとうお前は、今川が作った難攻不落の村木砦を落として帰ってきた。
さっき、俺たちが本家に行った時。信勝殿には会えなかった。だが塀の向こうでは、侍女たちが、自分の立つ場所を巡って騒いでいただろう? あれはきっと、塀に空いた穴からお前を一目見ようと躍起になっていたからだ。
おそらく今、本家では、お前の話で持ちきりだ。
ついでに葬儀の話も蒸し返されたに違いない。
信勝殿の前でうっかり口を滑らせた者がいるんだろう。
――信勝殿がお前に会いたがらないのは、織口家当主としての、焦りと嫉妬だ」
――そういう、ことか……。
「だけどそれは、お前のせいじゃない。気にするな」
「いや、明らかに俺のせい――」
「勘違いするな。
お前は別に、謀反を起こしたわけじゃないだろう。
むしろ、父親を失った弟のために必死だったんじゃねぇか?
人の上に立つってことは、自分より優れた部下がいるって事実を、認めるってことだ。
誰にだって特技がある。自分より優れた素質を持つ者を、愛し、認め、信じて、伸ばしてやるのが真のリーダーだ。
主君だからって、全てにおいて、家臣の優位に立とうなんて考えるな。
その考えを改めない限り、自分より能力の劣る小者しか配下に置けなくなるぞ。
これは、信勝殿が取り組むべき、信勝殿自身の問題だ。
お前が悩むことじゃねぇよ」
「――そっか……」
一益はにやりと笑った。
「俺は、お前なんかよりずっと優れた能力を山ほど持っている。お前の知らないことも知っている。お前に見えないものも見える。
だけど、お前に惚れたって言っただろう。
だから、俺を、信じろ。うまく使え。
大丈夫だ。――悪いようにはしねぇよ」
――そうだ。一益は、有能だ。
だけど。それは一益が悪意をもって有能なわけじゃない。
俺が一益に嫉妬している間は、俺は自分の作った鎖に、がんじがらめになったままだ。
俺に足りないのは……。一益を、信じることかもしれない。
正直、ちょっと――。今すぐ完璧にできる気はしないけど……。それでも。
「実は……」
「上総様〜〜〜〜っ!!!」
切羽詰まった貞じいの声がして、俺と一益は顔を上げた。
いつもは冷静な貞じいが、泡を食ったみたいに慌てている。
「たたたたたっ………! 大変ですっ……!」
一益が眉をひそめている。
俺は尋ねた。
「――何があった?」
「ししししっ……。斯波義銀さまが……」
――うん。
こんなところで軽々しく名前を口にするんじゃないぞ。
斯波義銀さまといえば。
尾張の最高権力者である、守護・斯波義統様のご子息だ。
坂井大膳が清州でクーデターを起こしたから、今は少し微妙なお立場かもしれない。それでも俺たちにとっては、雲の上にいらっしゃるようなお方だ。
「たった今!
和颯様のお屋敷に!!
浴衣一枚で!
逃げこんできましたっっ!!!」
……。
…………。
ん?
んん?
えっと……。
えっ?
………えっ?
「「ええええええ〜〜〜〜っ!!!??」」




