陽の巻
火鳥が、俺の正面に座った。
火鳥の所作はいつも美しい。
俺は火鳥に薦められるままに、盃を手に取った。
「――酒はあまり、強くないんだ……」
「そうですか」
火鳥が目線を床に落として頷いた。
「ですがこの酒は。
村木砦での、和颯様の勝利のお祝いに、父が特にと申して送り届けた酒でございます。
どうか少しだけでも、お召し上がりくださいませ」
「――じゃあ、少しだけ貰おうか」
一瞬、火鳥の瞳が、凍てつく気配を帯びた気がした。
いや、俺の気のせいだったに違いない。
次の瞬間、ふわりと花がほころぶように、火鳥が微笑んだ。
今まで一度も見せたことのない、たおやかな微笑みだった。
「はい。では……。
……少しだけ――……」
――!!!!!
俺の心拍数が、一気に跳ね上がる。
徳利には紅梅と白梅の絵が描かれていたが、今、俺の位置から見えるのは紅梅だけだ。
白梅は、紅梅の真後ろ、ちょうど反対側に描かれている。
火鳥が徳利を手に取った。
徳利に描かれている紅梅が、艶めかしく下を向くように傾いて、俺の持つ盃が酒で満たされた。
――触れなば、落ちん……!!?
「この度の大勝利、おめでとうございます……」
しっとりと、潤いを含んだ声。
どくどくと、俺の喉元で心臓が脈を打つ。
俺は、火鳥のしとやかな微笑みに釘付けになったまま、上の空で手だけを動かして盃を口元へと運ぶ。
何故だろう。今夜の火鳥は、特に美しい。
着ている着物も、驚くほどよく似合っているし、多分、化粧も、相当に念を入れて丁寧に仕上げている。流れるようなつややかな黒髪が、華奢な肩を覆い、俺を誘うように揺れた。
いつもの火鳥じゃないみたいだ。
なんてきれいなんだろう。
まるで、月の光を集めて生まれた、女神のようだ。
それか。たった今、月から舞い降りてきた天女――……。
……。
…………。
……ん!?
ちょっと待て!!!
俺の盃が、口元でぴたりと止まった。
――月から舞い降りた、天女、だと……!?
――この話は……
いや。この火鳥は………。
――聞いたことがある。
いつだったか。
――何年も前だ。
たしか……。祝言の次の日。
馬の上で萌が語ってくれた。萌の兄が、死んだ夜の――。
※※
幼い萌の声が、耳元でよみがえる。
「月の美しい夜でした。
わたくしは兄上のお部屋で、月を眺めていました。
そこへ火鳥姉さまが、お酒を持っていらっしゃいました」
「火鳥姉さまは、とても奇麗な着物を着て、お化粧もしていらっしゃいました。
兄上は読んでいた本を脇に置いて、火鳥姉さまを抱きしめ『月から舞いおりた天女のようだ』とおっしゃいました。
お二人は寄り添いあうようにして月をご覧になりました。それから兄上は、火鳥姉さまのつぐお酒を、ことのほか美味しそうに召し上がりました」
「わたくしは眠たくなって。うとうととし始めました。
火鳥姉さまは何度も、わたくしに部屋に戻るようにとおっしゃいました。でも、わたくしはどうしても、戻りたくなくて。
だだをこねて、そこに留まり続けました」
「しばらくすると兄上も眠たそうな顔になり、そのまま火鳥姉さまの膝枕で眠ってしまわれました。
わたくしを迎えに来た蔦が兄上に『こんなところでお眠りになると、風邪をひきますよ』と申し上げて揺り起こそうとしたら――。
もう、兄上は亡くなっていたのです」
※※
火鳥が、艶のある微笑みを保ったまま、首を傾げた。
「どうか、なさいましたか――?」




