~斎藤 道三~ 美濃・稲葉山の館
村木砦から稲葉山までおよそ60Km。
馬を駆けに駆けさせ、道三の館へたどり着いた使者は、土と汗と泥まみれだった。
斎藤道三は、彼が謁見前に身支度を整える事を許さなかった。
一刻も早く報告を聞きたかったからだ。
「村木砦の戦いは、辛くも、織口和颯側の勝利でございました」
泥まみれの使者は、汗臭い体のままで膝をついた。
肩で息をしている。
「もともとは、火縄銃500丁を堀の手前に並べ、一斉射撃させる作戦だったようです。
ですが、ほとんどの火縄銃は水にぬれて使い物にならず、不発。
そこで、急遽作戦を変更したようです。
堀をよじ登っての肉弾戦でございました。
数丁の鉄砲で、堀の向こうから援護射撃を行っておりました。
激しい戦いの末、最終的には織口和颯側の勝利となりました。
戦いの後、堀の中は、織口和颯の部下の死体が累々と転がっておりました」
使者の口から淡々と語られる報告を聞きながら、道三は、背筋が寒くなっていく。
美濃の兵士1000人を率いる安藤守成には「見聞きした内容を毎日報告せよ」と命じておいた。
初日は那古野での、500丁の火縄銃の一斉射撃のすさまじさを、
2日目は嵐の海を前にして、織口和颯が全兵を鼓舞する様子を聞いた。
そして今日は、彼が率いる兵士たちの、死をも恐れぬ激しい攻撃。
道三の知る限り、実戦で火縄銃を使ったという話は聞いた事がない。
だが火縄銃500丁なら、確かに、見た。聖徳寺へと続く街道で、覗き見をした。
よくもまあ、あんな飾り物に大枚をはたくものだと、あの時は驚きあきれたものだったが。
自分の能天気さに腹が立つ。
今回はたまたま不発だった。だがもしも、その火縄銃がすべて、美濃に向かって火をふいたとしたら――?
この美濃は。血を吐く思いで手に入れた。
土岐氏に返すつもりなど、さらさらない。
どんな手を使ってでも、次男である「自分の息子」に後を継がせるつもりだ。
織口和颯が、いつか自分の息子の優秀な家臣になるかもしれない、だと? とんでもない。
このままでは、自分の息子が、織口和颯の門前に馬をつなぐことになる。
(門前に馬をつなぐ=家来となる)
「――酒を。用意せよ。
今、美濃で手に入る、最高の酒だ」
低く地を這うような声で、道三は命じた。
「使者を出す。急げ!
火鳥へ。極上の酒を届けるのだ」
※※
~陰の巻~ 那古野・和颯の屋敷
村木砦に行っていた兵士たちが帰ってきた。人数が。減っている。
織口和颯が礼を述べに行き、那古野村の前に駐屯していた1000人の兵士達は、美濃に帰っていった。
林秀貞は、この数日ずっと身に着けっぱなしだった鎧の紐をほどいた。
1000人の兵士たちがいなくなるのと入れ違いになるようにして、火鳥のもとへ美濃からの使者が訪れた。
使者は、酒を携えて来た。今美濃で手に入りうる、最高の美酒だという。




