陽の巻
パパパパーン!
夜明けとともに鳴り響いた音は、敵を叩き起こすのには充分だったが、俺たちが期待していた爆音には程遠かった。
困惑した顔の仲間たちが、慌てて自分の持っていた火縄銃を下ろし、銃身から中を覗き込む。
――な、何が起こった………!?
俺の声が上ずる。
「もっ……。もう一回だ! 火薬を追加。二度目の射撃準備!」
鬼のような形相をした一益が、近くの兵士から火縄銃をひったくった。
焦りのままに銃身を地面に打ち付けるようにして、先ほど詰められたばかりの中身を取り出す。
地面に落ちた火薬と硝石を、指先でつまんだ一益の顔が、みるみるうちに蒼ざめていく。
左右の橋からは、信光叔父さんと水野信元達が、槍を構えて突撃していく。
応戦する村木砦の兵士たち。三河訛りの怒号が飛び交う。
二発目の火縄銃の、準備が整った。
――次こそは、うまくいってくれ……!
「構え―――撃て!」
パパパパパパパパーン!
またもや、爆音とは程遠い、乾いた音。
「もっ――……もう一度――」
一益が、蒼い顔で怒鳴った。
「ダメだ! 銃身が中まで濡れてる!
火薬も使い物にならねぇ!
こんな火縄銃では――撃てねぇ!」
―――なんだって!!!!!!!?
どうして気付かなかったんだろう。
俺たちはずぶぬれになって嵐の海を渡った。
箱に入れた火縄銃も、油紙に包んだ火薬も、硝石も、鉛球も、雨水と海水をかぶっていた。
――火がつくはずがない。
雨の後の足元はぬかるんでいて、乾いた砂も、乾いた布もない。
運よく雨水と海水の被害を免れた、ほんの数丁の火縄銃と、わずかな火薬と硝石。
これだけが、俺に使える火縄銃のすべてだ。
どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?
東門と西門では、激しい肉弾戦が繰り広げられている。
橋のある砦では、守り手の方が有利だ。
攻め手は常に一人しか前線に立てず、一度に複数の敵を相手にする必要がある。
予定よりは相当に貧弱だったとはいえ、鉄砲の音は駿河勢の恐怖を煽っていたようだ。守り手の勢いは、やや弱いか。
だが、攻め手が不利なことに変わりはない。時間が経てば逆転するに違いない。
二つの入口へと続く橋を落とされたら、もう俺たちが、村木砦を落とすことはできなくなる。
東門では、信光叔父さんが敵の矢を鎧で防ぎながら、味方を叱咤激励している。
――そうだ。信光叔父さん……!
信光叔父さんは、今回の村木城攻めには、なんの思い入れもないはずだ。だけど、俺の母上の懇願をうけ、善意で参加してくれている。
信勝と俺。俺たち兄弟にとって信光叔父さんは、亡くなった父上の代わりであり、もっとも近い親戚であり、もっとも頼りになる味方だ。
信勝のために。
信光叔父さんを、ここで亡くすわけにはいかない!
「突撃っ!!」
俺は叫んだ。
「俺たちのために、危険を顧みず、馳せ参じてくれた、信光殿を死なせるな!
堀を上り、砦を攻撃!
俺たちは、義経軍だ!!
行けぇぇぇぇっっ!!!」
「「「おおおおうううぅぅ!!」」」
仲間たちが、雪崩のように堀を下り、砦へと続く崖に組み付いた。
砦からは、雨のように矢が射かけられる。
「使える鉄砲を集めろ!」
一益が青筋を立てて怒鳴っている。
「援護する! 散らばるな!」
土埃が舞い、視界が遮られる。
煙の向こうで、矢を受けた仲間が、血を流して倒れるのが見えた。
「弥太郎! 彦三郎!!」
潰れそうなほど叫んだ喉から、血の味がする。
傷を負った仲間が立ち上がり、もう立ち上がらない仲間の屍の上を越えていく。
目を赤く充血させた一益の火縄銃が火をふき、狭間の向こうで弓を構えていた敵が倒れる。
「俺も行く! 俺が血路を開く!
槍だ! 俺の槍を出せ!!」
掠れた喉で叫ぶと、一益に頬を殴られた。
「ふざけんな! お前の持ち場はこっちだ!」
仰向けに地面に倒れたところに、鉄砲3丁を押し付けられる。
「八坂・彦一! お前らが和颯の弾を込めろ!
焦るな! だが急げ!
火薬は、なるべく乾いたところを使え!
硝石はけちるな!」
「「はいっ!!」」
一益はもう、次の敵を狙っている。
俺は渡された鉄砲を構えた。
地獄絵図。
視界が潤んで、かすんで歪む。
「真ん中の狭間三つだ! そこからは、一本たりとも矢を撃たせねぇ!」
「「「「うおおおおおおおっ!」」」」




