陽の巻
信光叔父さんは口元に笑いを残したまま言った。
「昨日のことだ。
美濃から尾張に、突然、1000人の大軍がやってきた。
美濃の大軍は、織口家の領地にまで入ってきた。
あろうことか、那古野村から歩いて10分の場所に陣を張った。
――騒ぎにならない方がおかしいだろう」
「……あ。」
そうか……。
――確かに……。
「織口家本家は、上を下への大騒ぎだ。
俺も本家に呼ばれて――。
お前が村木を攻めに行きたがっていた、という話を聞いた」
「――信勝は――……怒っていました、か……?」
まずい。
そこまで考えていなかった……。
信勝は――絶対に、怒ってる―――!
信光叔父さんは気の毒そうに言った。
「俺は信勝には会っていない。
今は会わないほうが良いと言われた。
だが、信勝の従者達が、あちこち探し回っていたぞ。屋敷中から、料理包丁やら古い小刀やら、ありったけの刃物をかき集めていた。
で、信勝の部屋からは、砥石で、ひたすら何かを研ぐ音だけが聞こえてきた」
――あ。
それは……。
――ヤバいやつだ………!!!
……あれ?
信勝には会わないほうが良いと言われた――って……。
「……信光叔父さんは、誰に呼ばれて本家に行かれたのですか?」
「土田御前だ」
――母上……?
「土田御前はな、俺に向かってこう仰った。
『和颯が、夫・信秀の葬儀でとった行動は、妻として、母として、到底許せるものではない。
従って、信秀様の位牌の前で土下座して謝るまでは、決して死なせるわけにはいかない。
さらに、当主・信勝の命令に背く、軽率で無鉄砲な、今回の行動も正気を疑うとしか言いようがない。
和颯は、当然死罪にすべきだ。
こんな無謀な出陣で、村木で討ち死にするならそれも良し。
だが、織口家を裏切った卑怯で下賤な者達と戦ってなお死にきれず、どこかで生き延びられたら腹が立つ。
そんなことになるくらいなら、自分がこの手で刺し殺してやりたいくらいだ。
だから、とにかく今回は。
なんとかして、どうにかして。
どうかどうか和颯を、生きて帰らせてやって欲しい』
土田御前は。
のどを詰まらせ、涙を流して。
いつか、お市ちゃんが嫁入りする時に持たせるつもりだったという、それはもう、見事な布を並べて俺に手渡して。
床につくほど頭を下げて……」
「…………母上………」
俺は父上の葬儀で、あんなに酷いことをやったのに。
それでもまだ。母上は。
俺のことを。
気にかけてくれているんだ……。
俺の涙腺がピンチだ。
まずい、視界が歪む――。
「――あぁ。
あと、この事は『和颯には内緒だ』とも言われた」
――お、叔父さんっ!!?
緩みかけた涙腺が、きっちり締まった。




