〜陽の巻〜 出発前日
ドゴ――――――ン!!
耳をつんざくような爆音が鳴り響き、全ての音が消え去った。
500丁の鉄砲が一斉に火をふき、那古野の景色が煙に覆われた。
最初は音に驚いて大騒ぎしていた鳥や小動物も、もはやこの一帯からはいなくなった。
目の前を覆っていた灰色の煙が薄まると、動いているのはただ、二発目を撃つために必死で弾込めをしている仲間たちと、彼らの間を動き回る梁田と一益だけだった。
俺の耳は大音量に悲鳴を上げ、新たな音を拾うことを拒否している。
両手で耳をふさいだ貞じいが視界の端から現れ、こちらに向かって何やら口を動かしている。
――あ、悪い。今は聞こえない。
身振りでそう伝えると、不機嫌そうに顔をしかめて山の斜面を指さし、俺の袖を引っ張った。
俺は一益を見る。
――こっちは問題ない。行ってこい。
一益は、俺の顔を見て頷いた。
貞じいに引っ張られていった場所には、道具もいた。
俺を見ると、愛想のいい笑顔で頭を下げた。
道具は、貞じいの弟だ。貞じいとは3才差の38才。
二人とも俺の家臣だけど、性格が違う。
貞じいは真面目で一本気。
何かと俺に小言を言ってくる貞じいとは違い、道具は人当たりがよく、要領も良い。
面倒な仕事を振られそうになると、ニコニコしながらいつの間にか誰かに押し付け、自分は逃げ出しているタイプだ。
道具はいつも笑顔だし、思いやりのある言葉もかけてくれる。
でも俺は、貞じいの方が頼りになると思っている。
ここからは、さっき美濃から到着した兵士たちが、野営の準備をしている様子が見える。那古野村から1Kmの場所だ。1000人以上いる。
俺はもちろん、彼らの到着と同時に、手土産になりそうな物をかき集めて、礼を言いに行ってきた。
貞じいが、美濃の兵士たちを指さし、すごい剣幕で怒っている。
少しづつ耳が聞こえるようになってきた。
「なぜ敵兵が、那古野の目の前で駐屯準備をしているのです!?」
「道三殿が兵を貸してくれた。しばらく那古野を護ってくれる。その間に、緒川の救援に行く」
「和颯様、まさか本気じゃないでしょうね?」
貞じいが俺につかみかかりそうな勢いで言った。
「何を言っているんだ。俺はいつだって本気だぞ」
「少しは人を疑ってください!!」
「疑う理由がどこにある?」
「美濃は敵国で、斎藤道三の十八番は裏切りですよ!?
疑わない理由の方が知りたいです!!」
俺は胸を張って答えた。
「俺の留守中に清州軍が攻めてきたら、火鳥は清州軍の人質になる。
道三殿は、愛娘の身を案じて、清州軍から那古野を護るために、軍隊を貸してくれたんだ」
「――ンな訳、あるはずないでしょう!!」
とうとう貞じいは、俺の胸ぐらをつかんだ。
「美濃軍は、和颯殿と精鋭部隊が那古野を出たら、すぐさま那古野を乗っ取るつもりに決まってる!!
冗談じゃない!
どうして清州の小悪党を牽制するために、美濃の大悪党を引き入れたりしたんです!?」
「――とんでもない言い草だな……」
「とんでもないのは和颯様です!
わざわざ敵を、屋敷の前に招いてから出陣するなんて!!
私は絶対に出陣しませんよ!
わたくし直属の部下と、残った百姓達を率いて、何が何でも那古野を護ります!!」
え?
「いや、できれば貞じいも、一緒に村木に出陣――」
「お断りします!!」
「頼むから、そんなこと言わずに――」
「お断りしますっ!!!」
俺は言葉を尽くして貞じいを説得しようとした。
道具はずっと、困った顔で俺と貞じいを見て、おろおろしていた。
貞じいは決して首を縦に振らなかった。
鈍色の雲が、西の空を染めていくのが見えた。




