和颯の屋敷 ~陽の巻~
「さすが、勝家殿でした」
草履を脱いだ一益が、俺の着物についた砂ぼこりを払いながら言った。
「鉄砲の一斉射撃――とは、な」
ぶっ飛んだアイディア。
とんでもない奇策。
そして確かに「大勝利間違いなし」だ。
一益が、先に立って廊下を歩く。
俺は考え事をしながらついていく。
信勝は、俺が村木砦を攻めあぐねてモタモタしている間に、俺たち全員が今川の援軍に包囲されることを危惧していた。
だが、この作戦なら、開戦と同時に、速攻で勝負がつく気がする。今川軍が集結する前に俺たちの勝利が確定するだろう。
前を歩く一益が、俺を振り返った。
「次は――」
「清州。だな」
俺が美濃で斎藤道三に面会した時、次の日にはもう、清州の偵察隊が動いたという。
俺たちが村木に行けば、その隙に那古野に攻めてくるに違いない。
あの時は、一益を留守番にして事なきを得た。
だが、今回の作戦は鉄砲を使う。
一益には、俺と一緒に、村木攻めについてきてもらいたい。
だから一益に留守番はさせられない。
「ああ~~~っ!
信勝が那古野を守る兵士を貸してくれると思ったんだけどなぁ!」
実は、村木砦を攻めるための兵も借りるつもりでいた。
「取り付く島もありませんでしたね」
一益は、屋敷の端へと向かう廊下を歩いていく。
おい。俺の部屋はそっちじゃないぞ。
「どうしよう!
このまま那古野をからっぽにして、村木砦を攻めに行ったら、速攻で清須軍が攻めて来る。そうしたら俺、帰る場所がなくなる気がする!」
「同感です」
一益っ!
冷静だなっ!!
一益は、廊下の突き当りで足を止めて振り返り、俺の目を見た。
「ですから――。
どうぞ、ご相談を――」
一益が指し示したのは、火鳥の部屋の扉だった。
――えっ? 相談!? 火鳥に!?――
火鳥が兵を動かすはずはない。だから、つまり――斎藤道三に援軍を頼めってこと!?
嘘だろ!?
俺はこの前会ったばかりの道三を思い出してぞくぞくっと身震いする。
あの時御堂に並んでいた700人の武将は、皆、強そうだった。
確かに、あの中の誰か一人。ほんの少しでも、協力してくれたら嬉しいけど――。
「いやいやいや! 一益は!
会ったことがないから、そういうことを言うんだよ!!」
コワいんだよ! あの人たちは!
自信を持って言える。
彼らは、俺や緒川のためになんて動かない。――だから絶対に、援軍なんか出さない!!
扉の向こう側から小さく、コトリ、と筆を置くような音がして、続いてカサカサと紙がこすれる音がした。
――火鳥……。
きっとまた、美濃に宛てて、手紙を書いていたんだ……。
チリチリと、胸が焦がれるような切なさが、俺を襲う。
「火鳥様。入ってもよろしいでしょうか」
一益が、俺を無視して声をかけた。
「どうぞ、お入りください」
火鳥の静かな声がして、すっと扉が開いた。
部屋の中には、火鳥の他に誰もいなかった。
殺風景な部屋だ。
華やかさも、ちょっとした飾りも、明るい日差しもない。
最低限必要なものだけが入っているのだろう。丁寧に使い込まれた葛籠がいくつか、部屋の隅に積んであった。
書きかけの手紙が、中が見えないように緩く畳まれて机の上に置いてある。
机の左端には硯と筆。
――ん?
何かが俺の意識の隅に引っかかりかけて――
「ご用件は?」
正座のまま扉を閉めた火鳥が立ち上がり、俺が上座に座るのを待ってから、美しい所作で下座に座った。一益も、腰を下ろした。
「あ~……。
えっと……。その……」
何と言ったらいいか……。
「我々は、村木砦を攻めたいと思います。
我々の留守中、清州軍が那古野に攻めてくるのを防ぐため、斎藤道三殿に、援軍をお願いしたいのですが」
おい! 一益!
ずいぶんストレートだなっ!!
火鳥が一益を見た。
ほら! 火鳥も面食らってるじゃないか!
火鳥は表情を変えなかった。
すうっ、っと、火鳥のまとう空気が、冷気を帯びていくような錯覚を覚える。
「そうですか」
火鳥は頷いた。
「父は――援軍を出すと思います。
和颯様から、正式なご要請を。
わたくしからも、手紙で伝えておきます」
「え」
拍子抜けした。
道三は、援軍を出してくれるの?
こんなにあっさり? なんで!?
でも、火鳥は、道三が援軍を出すことを、露ほども疑っていない。
もしや――俺のため―――!!!?
………のはずがない。
――やっぱり……火鳥のため、なのか……?
俺達が村木に行っている間、火鳥は那古野に残る事になる。
清州軍が那古野を攻めれば、火鳥は人質になる可能性が高い。
道三が援軍を出すのは、愛娘が人質になるのを阻止するため――か!!!
火鳥……姫……。すげぇ……。




