勝家
勝家は続けた。
「――水野信元には、甥がいる。
甥の名は、徳川家康」
和颯殿と一益が同時に、驚いた顔で勝家を見た。
※※
徳川家康といえば、三河の岡崎城主の息子。元服前の11才だ。
今は今川家の人質だが、5年前まで尾張にいた。
徳川家康の実母・於大の方は、水野信元の妹だ。
水野家から三河に嫁ぎ、家康を生んだ。
だが、水野家は三河と手を切り、織田家につくことに決める。
於大の方は徳川家康を三河に残し、離縁。
今は、緒川砦から南東に6km程の場所に住んでいる。
※※
水野信元は、部下を大切にする男だった。
強大な敵に刃向おうとすれば、多くの部下が命を落とす。だから戦では皆、強い方につこうとする。
織口家は弱く、今川家は強大だ。さらに甥は今川家の人質。
普通に考えれば、水野信元なんて、真っ先に今川に寝返りそうなものなのに。
※※
滝川一益という男は、和颯殿に対し、ずいぶんと横柄な口の利き方をしている。
だが、和颯殿がそれを気にしている様子はない。
――柔軟なのか。軟弱なのか……。
「失礼ながら――わたくしが水野信元だったとしても、今川につきます」
ついに、一益がとんでもないことを口走った。
――おのれ! 不敬罪だ! この場で首をはねるべし!!
勝家は、脇に置いた刀に、さっと手を伸ばした。
さすがの和颯殿も、この発言は許さないだろう。
ところが和颯殿は、一益に怒るどころか、きょとんとして勝家を見ていた。
――え?……
――おとがめなしなのか!?
……それどころか問題発言だったことに、気付いてすらいないのでは!?
………。
なんというか……。
困っている他人には熱いのに、自分には無頓着な人だ……。
勝家は、気を取り直して座りなおした。
いや。無頓着、とは少し違う気がする。
「残念ですねぇ、和颯殿。
ここで水野信元を見殺しにしてしまっては、水野信元が、そこまでして今川に抵抗しようとした理由が、分からずじまいになってしまいます」
一益が、からかうように言った。
――水野信元が、今川に抵抗しようとしている理由、だと……?
確かに。……気になる――。
「だ――っ!
なんてこと言うんだ!
そんなこと言われたら、気になっちゃうじゃないかっ!!
一益。その理由、探ってこい!」
和颯殿は子供のように駄々をこねている。
「無理でございます。
村木砦の構造であれば、現地に行って偵察してきたので分かりますが、人の心の中までは覗けません。
人の心を覗くには、心を開かせなければ――」
「――村木砦の偵察に、行ったのか……?」
気が付くと、口にしていた。




