表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の妻は忍(しのび)ですか? ――でもって、もしや、次に殺される男は俺ですか?? ええ〜っ! 俺、まだまだ生存希望ですけどっ!?  作者: ひの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

141/237

〜柴田 勝家〜

「ダメだ、兄さん。

 援軍は出せない」

 信勝様の、冷静な声が、座敷に落ちる。


 信勝様のおっしゃることは、いつも正しい。

 冷静沈着。理路整然。

 今、織口家が置かれた状況を正確に把握し、冷静な判断を下すと、その結論がベストなのは理解できる。

 それは正しい。確かに正しいのだ――。



「だけど! それじゃあ――!

 緒川砦は見殺しにするのか!?

 水野忠正はどうなる!?

 俺たちに、助けを求めてきているんだぞ!」


 和颯様が、目を白黒させながら食い下がった。



 柴田勝家は、自分の目の前で、唾を飛ばす勢いで、必死に反論する男――織口和颯――を眺めた。

 彼が展開しているのは、支離滅裂な感情論。

 理論も理屈も5才児レベルだ。

 だけど――自分自身の中に閉じ込めた、熱く脈打つような心が動き出しそうになるのは、何故だろう。


 信勝様は優秀だ。

 巨大帝国である駿河・今川家の脅威にさらされながらも、何とか織口家を維持している。

 神経をすり減らすような持久戦。

 信勝様は、常に冷静な判断を下し、逆境にも良く耐えていらっしゃる。

 それでも、少しづつ、じわじわと追い詰められていく感覚が、織口家全体を支配していた。



「兄さん、頭を冷やして、よく考えて。

 オレは、兄さんの出陣には反対だ。

 本家からは、兵士も武将も、絶対に出さないよ。

 

 だから、援軍を出すのは諦めて。いいね?


 ……この話は終わりだ」


 信勝様が立ち上がった。


 和颯殿は大切なお菓子を取り上げられた5歳児のような顔をして、信勝様を見上げている。


 ※※

 そういえば、5歳の頃の和颯殿も、よくこんな顔をしていたっけ……。

 和颯様の思いついた「とびっきりの考え」を否定され、無理やり大人の言うとおりにさせられた時。大切にしていた「とんでもないペット」と、無理やり引き離された時。

 ――あの時も今も、和颯殿のこころは、ほとんど変わっていないのかもしれない。


 和颯殿なら、生まれる前から知っている。

 あの頃勝家は12歳で、既に信秀様に仕えていた。


 和颯殿の母・土田御前は、初めての出産だった。

 腕が良いベテランの産婆が、何日も前から泊まり込んでいた。


 出産で死ぬ女は多いが、その中でも初産の死亡率は、最も高い。

 僧侶と祈祷師が何十人も呼ばれ、男児の誕生と、土田御前の無事を祈った。


 出産には丸一日かかった。

 和颯殿が生まれた時、信秀殿は緊張のあまり汗だくで、まるで自分が出産したかのように息も絶え絶えだった。

 産まれたのが男児で、土田御前も無事だと知らされ、涙を流して喜んでいた。


 少なくとも5歳頃までは、和颯殿は、信秀様の跡取りとして育てられていた。勝家も、そう認識していた。


 だが、常に冷静で物事を俯瞰してみることができる信勝様と違い、和颯殿は情にほだされるとすぐに視野が狭くなり、何かと非常識な行動も多かった。

 次第に家臣たちの間でも「跡取りには信勝様を」という声が大きくなり、信勝様の元服の頃には誰もが「信勝様が跡取り」だと認識していた――。 

 ※※


 ああ、信勝様の後を追わければ。

 勝家がそう思った時には、信勝様は部屋を出て、扉を閉めていた。



「あれ? 勝家。

 信勝と一緒に行かなくて良かっ――」

 気が付いた和颯殿が声を発したが、和颯殿の傍に控える男がそれを遮った。


「勝家殿は、信秀殿の側近だったと伺っております。

 もしや、緒川砦の水野信元殿ともお知合いですか?」


 ぎょっとした。

 主人の言葉を遮るとか――命知らずか。


 この男は知っている。

 滝川一益、と言った。

 

 風のうわさで、忍だと聞いた。

 勝家は、そのうわさを信じていない。

 和颯殿は、仮にも信秀様のご長男だ。

 忍あがりのような卑しい男を、まるで側近のように扱うはずがない。


 ちらりと和颯殿を見る。

 一益が、自分の言葉を遮ったことを、気にしている様子すらない。

 むしろ、一益の質問に対する、勝家の返答を待っているように見えた。

 

 戸惑いながらも、勝家は答えた。

「……あ……。ああ。水野信元殿は知っている。

 小豆坂の合戦でも、共に戦った」


 年が近く、気が合った。

 共に酒を酌み交わした仲だ。

 常に自分の中にぶれない軸を持っていて、正義のために命を懸けられる男だ。

 それに、部下想いで温厚だった。


 話し始めると、懐かしさがこみあげてきた。


 信勝様のおっしゃることは正論だ。

 正しい。間違いなく正しい。

 正しいけど。

 ――なんで、あんなにいい奴が見殺しにされなくちゃいけないんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ