~陰の巻~
「どうして、白毛の馬は水を嫌うと分かった?」
隣を歩く和颯が話しかけてきた。
先程まで火鳥が着ていた、水に濡れた濃紺の着物を着ている。肩幅が、少しきつそうだ。
和颯の着ていた着物は、今は火鳥が着ている。袖が長い。
和颯は、たった今手に入れたばかりの、栗毛の馬を曳いている。
「途中、あの白い馬が不機嫌そうになったのをご覧になりましたか?」
「見た。突然首を振って、鼻を鳴らした。神経質に足を踏み鳴らしていた」
「その前に何があったか、お気づきに?」
「いや。突然機嫌を損ねたように見えた」
「――風が吹きました。木の葉が揺れました。
木の葉についた水滴が、白い馬の眉間に落ちたように見えました」
和颯の唸り声が聞こえる。
「……よく見ていたな」
「恐れ入ります」
――よく見ていないと、命を落とす仕事ですので。
和颯が怪訝そうな顔をして、火鳥を見た。
「なあ、火鳥はいつも、そんなに注意深く――」
「名前はどうしますか?」
後ろから一益が言葉をかぶせてきた。
火鳥はほっとする。
一益が和颯の気を逸らすように言う。
「新しい馬に名前を付けないのですか?」
「ああ……まあ、そうだな……」
和颯はなんだか乗り気ではないようだ。
火鳥はたたみかけた。
「美しい栗毛の馬です。
良い名前をお考えあそばされませ」
「お……おぅ」
和颯は目を泳がせた。
「――名前を考えるのは、苦手だ……」
「まあ、そうでしたか。
では一緒に考えましょう。
栗毛の馬ですので、栗に関する名前はいかがですか?」
「そうだな……。……イガ……とか?」
後方から小さく、『は?』という声が聞こえた。
一益の心の声が漏れたようだ。
――イガって、いがぐりの、イガ?
いやいやいや、馬の名前に、イガって。センスがないにも程がある。
「えっと……。他には何か思いつかれますか?」
「――いがぐり、焼き栗、焼き芋」
――おっと……。想定外の答えだった。
馬の名前に「焼き栗」はないでしょう。
ちらりと和颯の顔を見た。
いたって真面目に言っているようだ。
名前を付けるのが苦手、というのは噓ではないらしい。
――「焼き芋」って。もはや栗ですらないし……。
「あ~……。
やはり、栗にちなんだ名前は、あまり良くないような気がいたします。
……この馬には模様がありますので、この模様にちなんだ名前の方が良いかもしれません」
一益の、やや上ずった声がした。
――確かに!
火鳥は馬の眉間にある、黒いぶちを撫でた。
「ご覧ください。
美しい模様です。和颯様は、この模様は何に見えますか?」
「そうだなぁ……」
和颯は困ったような顔をした。
「葉、だろうか。笹の葉に見える」
「笹の葉。よろしいのではないでしょうか」
――よし。これならいける。
笹の葉から派生させて、何かいい名前を――。
「でもなぁ。何か、別の物にも見えるなぁ」
「はあ、別の物、ですか」
「うん。モノだな」
――モノって……。
和颯が、ぱっと顔を輝かせた。
「モノか、葉だ。
『物か葉』この馬の名は『ものかは』だ!」
――っ!!!!!?
………いやいやいやいや。
火鳥はちらりと後ろを振り向く。一益が、ぎょっとした顔で、和颯を見ていた。
多分、ドン引きしている。
和颯は機嫌よく、馬に話しかけた。
「お前の名は『ものかは』だ。よろしくな!」
――えっ!? 決定??
火鳥は和颯の顔をまじまじと見つめた。
――うわぁ……ネーミングセンス、最悪……!
火鳥と一益は、互いに目を見合わせ、今は敵同士であることを思い出して慌てて目をそらした。2人は別々の方向を向いたまま同時に、ひそかにため息をついた。




