~カワセミの唄~
――この街は、来るたびに雰囲気が変わる。
俺は辺りに気を配り、目を光らせた。
活気は、まだ、ある。
だが、以前来た時のような健全な賑わいか、なくなっていた。
熱田はまだ織口家の支配下にある。治安が悪い、というほどではない。
だが、そこかしこで聞こえる駿河・三河訛りが、すぐ近くまで今川勢が迫ってきていることを物語っていた。
行き来する船に乗り込む男達もピリピリしている。
以前は伊勢湾の制海権は完全に織口家が握っていた。
熱田港に来る商船は、どんな船でも歓迎された。
しかし、渥美半島への織口家の支配力が弱まるにつれ、駿河湾から海賊がやってくるようになったと聞く。
船での往来も、以前に比べると油断ができないものになっているのだろう。
人ごみの中に、同業者と思しき男を見かけた。
おそらく、今川家の忍。
隙あらば熱田を奪おうと、綻びを探っているようにも見える。
ここにいるのが織口家の当主の兄だと気づいているのだろうか。
突然殺しに来たりはしないだろうが、生け捕りにされたら大事だ。
まあ、そうならないように俺がいるわけだが……。
和颯と馬を見ていた火鳥が振り向いた。
目が合う。
※※
俺と火鳥の関係は微妙だ。
俺は織口和颯に生涯の忠誠を誓っている。
一方、火鳥は斎藤道三のくのいち。嫁いでからの5年間、ずっと和颯を騙し続けている。
俺は火鳥の正体が、道三が織口家に放ったくのいちであることを知っている。
本来なら俺はそのことを、主人である和颯に伝えるべきだ。
だが、忍には忍の掟がある。
『主人が変わっても、かつての雇い主の情報は漏らさない』
これは、任務より、自分の命より、大切な掟だ。
なぜなら、俺たちの仲間全員の命に関わる掟だからだ。
俺たち忍は主人を変える。
敵国に仕えることもあるだろう。
その際に、俺たちが過去に知り得た情報を、敵国に売ったらどうなるか。
新しい主人は喜ぶだろう。だが、古い主人は?
そのような忍が一人でもいれば、情報漏洩を恐れる主人は、忍を解雇するかわりに、忍びを『始末』するようになる。
俺たちは、一回きりの使い切りの道具になるつもりはない。
だから俺たちは、何があっても、かつての雇い主の情報は漏らさない。
たとえ、それが今の主人にとって不利益になったとしても。
この掟は絶対だ。
火鳥は俺の『かつての雇い主』だ。
だから、俺は、火鳥の秘密は墓場まで持って行く。
※※
美濃における、火鳥の立場も微妙なはずだ。
織口信秀が死んで、織口家は窮地に立たされている。
東の鳴海、西の清州。
織口家の領地の両端からは、じわじわと今川の手が伸びてきている。
今や、織口家の存続は空前の灯だ。
そんな織口家の分家に、斎藤道三がくのいちを配置しておく理由がない。
先日、道三と和颯の会見の場に、火鳥も同伴していた。
俺はてっきり、道三は火鳥を連れて帰るものだとばかり思っていた。
だが、会見を終え、火鳥は和颯と一緒に尾張に戻ってきた。
俺と火鳥は、既に敵同士。
火鳥が今、斎藤道三からどんな指令を受けているのか、俺は知らない。
ちょっと前まで二人で協力して任務にあたっていたことを思うと、少し寂しい気もするが――火鳥と敵同士になることを決めたのは、俺自身だ。
自分の意志で、既に火鳥の敵になった俺がこんなことを願うのは矛盾しているが、それでも俺は、俺の目の前で火鳥が死ぬところは見たくないと思っている。
火鳥が尾張にとどまる目的は不明。
その火鳥が今日、和颯の護衛に俺を同伴させている。
※※
『警備は万全か?』火鳥の目が尋ねた。
『問題ない』 俺は肩をすくめた。
火鳥はまた馬を眺めた。




