~陽の巻~ 早朝
朝露でぬかるんだ大地へ、二頭の馬が飛び出していく。
火鳥は長い髪を束ねて丸め、小枝で刺すようにして頭の後ろにまとめていた。
俺は黒龍に、火鳥は赤兎に跨っている。
一時間ほど走ったところで、赤兎が遅れ始めた。
息が荒く、足取りが乱れている。
とうとう火鳥が、赤兎の背中から降りた。
俺は黒龍の向きを変えて今来た道を戻り、赤兎の傍で止めた。
火鳥は髪をまとめていた小枝を抜いていた。長い髪がゆらゆらと揺れる。火鳥は赤兎の足を一本ずつ持ち上げて、小枝で蹄の間に挟まった泥を落としていた。
「……道がぬかるんでいますので、蹄に泥がこびりついたようです」
俺は黒龍の背から降りた。
「……それで、足が重くなったのでしょう……」
俺は黒龍の足を見た。黒龍の足にも団子状に泥が詰まり、重たそうだ。
それでも、火鳥より体重の重たい俺を乗せ、ここまで走り切っている。
そろそろ赤兎は、軍用馬としての引退を考えなければいけない時期に来ている。
「新しい馬を探さないと――」
俺はつぶやいた。
「――そうですね」
火鳥が言った。目は赤兎の蹄に注がれたままだ。
「今度、熱田で馬市が開かれる。そこで新しい馬を探す」
「はい」
「―――……一緒に、来るか?」
火鳥は驚いた様子で顔をあげた。
「――よろしいのですか?」
「ダメな理由があるか?」
「わたくしは、女ですが――」
「気にするな。お前の馬を見る目は、その辺の男より信用できる。
一緒に行ってくれると、俺も助かる。
――一緒に行こう」
火鳥の瞳が輝いた。
「馬は好きですが、馬市に行くのは初めてです」
嬉しそうに言う。
「熱田、と仰いましたか――」
火鳥は少し考えるように言った。
「遠い、か?」
「いえ。馬に乗ればすぐです。ですが、和颯様が行かれるのでしたら、護衛がいたほうが良いかと」
女の火鳥にこそ護衛をつけるべきだと思うが、火鳥にはその考えはないらしい。
4年前、今川に寝返った鳴海砦は熱田から7Kmしか離れていない。
父上が生きていた頃は織口家が完全掌握していた熱田近隣は、じわじわと今川に侵略されつつあった。
確かに、人の多く集まる馬市に、護衛なしで乗り込むのは無防備かもしれない。
「分かった。一益も連れていく」
火鳥は頷いた。
「それが良いでしょう。そのほうが安心です」




