一益
一益は、俺をちらりと見ると、屋敷の方角へと歩き始めた。
俺は、美濃から帰ってきた仲間たちにも解散を告げた。だが、帰る方角は同じだ。皆も俺たちの周りを取り囲むようにして一緒に歩いていく。
一益は続けた。
「見たこともねぇ男共が、村の周りをうろついていた。
歩き方が、百姓じゃなかった。
兵士の宿舎と練習場所を、興味なさげな風を装って、眺めていた」
――那古野の精鋭部隊が、村を離れたことに気付いて、確認に来たのか……。
「俺が留守を任されている間に、偵察にくるたぁ、いい度胸だ。
むかついたから、反対に、そいつらの後を、こっそりつけてやった。
奴らは、清州に戻って行った」
――坂井大膳の、手下って事か。
でも、俺たちが那古野を離れたのは、たったの二日間だけだぞ!?
俺たちが那古野を離れたとたんに偵察に来るなんて……。動きが早すぎる。
まさか。――普段から、俺たちを見張っているのか……。
「それが今日の夕方だ。
坂井大膳が那古野村を襲撃するとして、早くても2、3日後だろうと思った」
大規模な軍隊を動かすには、時間がかかる。
軍隊で一番人数が多いのは、足軽だ。
俺は自前の軍隊を鍛えているが、たいていの場合、足軽というのは、普段は近隣の村で農業をやっている百姓達だ。
動員命令を出してから、まとまった人数が集まるまでには数日かかる。
「その頃には、和颯殿も帰ってくるだろうと思ってたしな。
ところが、日が沈んでも、あんた達は帰ってこない。
で、やきもきしていたら、こんな夜中になって、数百人規模の軍隊が近づいてきた――」
那古野村の精鋭部隊は、俺が美濃に連れて行った。
村に残っていたのは、ごくわずかな兵士と農民。あとは女子供ばかり。
「俺だって、和颯殿と親衛隊だろう、とは思ったぜ。
どうせ寄り道でもして、帰りが遅くなったんだろ?
でも万が一、これが清州軍だった場合は――?
村に入られたら、勝ち目はねぇ」
「――だから、村の外で待ち伏せして、奇襲をかけたって事か――」
一益は頷いた。
「まともな戦闘訓練を受けた奴は、おおかた出払っちまっている。
こっちは人数も少ないし、百姓の寄せ集めだ。
それでも、俺はあんたに留守を任されたんだ。
『攻められました。負けました』なんて、口が裂けても言えねぇ。
戦力差は歴然。それでも切り抜けるなら、一点突破しかねぇ。
――狙うは、大将のみ」
――すげえ! さすがは一益! 思考回路が、なんというか――忍だ!!
実際、俺はまんまと生け捕りにされたわけで……。
「さすがは一益だ!
他の者では、こうはいかない!
一益に留守番を頼んでよかった!!」
一益は満足そうな笑みを浮かべた。
「アンタにそう言ってもらえるなら、頑張った甲斐があるってもんだ。
俺も鼻が高いぜ」
うんうん。自慢していいと思う。
留守番も、けっこう大変だったんだな。
――ありがとう!
「そうだ、一益に土産がある」
俺は、帯を取り出した。
「おう、ありがとよ。いい色じゃねぇか」
「美濃の、市場で買ったんだ」
一益は帯を受け取ろうとして、少し目を泳がせた。
「あ〜………。なんというか、その――。
………大変だったな……」
「ああ、そうだな」
確かに、大変だった。
でも、終わってみれば貴重な経験だった。
俺は、美濃で起きたことを思い出しつつ、空を見ながら歩いた。
一益は口を閉じた。
俺たちは屋敷についた。
屋敷を見たら、どっと疲れが襲ってきた。
早く寝よう……。
ふらふらと屋敷へ入ろうとする俺を引き止めて、一益が取ってつけたように言った。
「あ~……。
なあ、気を落とすなよ。
アンタはまだ若い。
――知ってるか? この世の人間の、半分は女なんだぜ」
「――知ってる、けど……」
――それが、何か?
俺が怪訝な顔をして一益を見ると、一益は口ごもった。
「――だからその……。
今は、耐えられないと思うほど辛いかもしれないが……。
そんなのはまあ、男なら誰でも、一度は経験するんだよ。
いずれ、忘れる。俺が保証する。
だから今、お前が抱いているその気持ちは、ほんの一時の、気の迷いというか――」
籠を運んでいた男たちが、籠を下ろした。
灯りが掲げられ、火鳥がするりと籠から降りた。
一益が、会話中の口の形もそのままに、その場に固まった。
火鳥はこちらに向かって軽く頭を下げると、そのまま、すたすたと歩いて屋敷へ入って行く。
一益は、瞬きすらも忘れたように、口を開けたまま、そこに突っ立っていた。




