〜陽の巻〜
前にいる人達にぶつかりながら、薬屋を目指す。
俺は店の中に駆け込んだ。
目つきの悪い客と話していた店員が、驚いたようにこちらを向いた。
「今、この店の奥に、女の客が入っていくのを見たのだが」
貞じいが、俺の後ろから息を切らせ、硬い声で言った。
店員と話していた男が、俺たちと関わり合いになるのを避けるように、目を伏せ、黙って店の外へ出ていった。
店員が、こちらを見た。
「さようですか。私は気づきませんでした」
――嘘をつけ。
「今すぐあの女を、ここに連れ出していただきたい!」
貞じいが語気を荒げた。
「申し訳ございませんが、当店では、そのような事はできかねます。お帰り下さいませ」
物腰は柔らかいが、一歩も譲る気はないらしい。
奥の部屋へと続く扉は、ぴたりと閉じている。
俺は、店員に食って掛かった。
「俺の妻だ!」
「見間違いかもしれません」
店員がしれっと言う。
しらばっくれるつもりか!!?
「見間違えるはずがないだろう!」
――俺の、妻だぞ!
店員が、残念な人を見るような目で、俺を見た。
――まさか、俺の言うことを信じていないのか!!?
………あ、でも、まあ、確かに……。
はっきりと顔を見たわけじゃないけど……。
「和颯さま?」
俺たちが押し問答をしていると、奥の部屋の扉がすっと開いた。
背後に店主を従えるようにして、火鳥が出てくる。
「火鳥っ!!
――ここで、何をしていた!?」
火鳥は、不思議そうに小首を傾げた。
「薬屋に行くのに、薬を買いに行く以外の理由が?」
……怪しい。
「――何の薬を買った!?
店主と、奥で何を話していた!?」
詰問するような口調になった。
薬を買うだけなら、店先で済むだろう。
……まさか、人に言えないような薬を……?
火鳥は困ったように眉を寄せた。
「怒らないでください。
……どうかご容赦を」
「どういう事だ!?」
貞じいが、火鳥に詰め寄った。
火鳥は怯えるように足元を見ながら、小さな声で答えた。
「先日、那古野村で流行病がありました。
皆が腹痛で苦しみましたが、村には、全員分の薬を買うほどの蓄えもなく……。
ですから、薬が安く買えそうな時に、私がまとめて買っておいて、いざというときに、皆に配ることができれば良いと思ったのです……。
まとまった量を購入するので、安くしてもらえないかと、奥で交渉していたのですが……」
店主が冷たく言った。
「当店は底値で販売しております。
いくら粘られても、びた一文負けられません」
火鳥は、俺を見て口をとがらせた。
「まったく、融通が利かない店主で……。
貴重な時間を、無駄に過ごしました……」
火鳥は、ちらりと貞じいを見る。
「それに……。
確かに……軽率でした。
和颯さまに、事前の相談もせず……。
……出過ぎた真似を……致しました」
火鳥は悲しそうに俺を見上げた。
――なんだ!
そうだったのか!!
貞じいが何か言いかけたが、俺は黙殺した。
「軽率なものか!!」
火鳥が買おうとしていたのは、紅でも白粉でもなく、村の皆のための薬だったなんて。
それなのに、俺ときたら……。
「よく確かめもせず、大きな声を出して、悪かった!」
――たとえこの先、死ぬまで子供ができなくても……。
「俺はずっと、火鳥を大切にする」
俺は両手で、火鳥の華奢な両手を握りしめようとした。
火鳥の隣では、薬屋の店主が、笑顔で薬草の束を差し出している。火鳥は右手でその束を受け取った。
「約束、する」
俺は真っ直ぐに、火鳥の瞳を見おろした。
火鳥は哀しそうに目を伏せた。
「――殿方のなさる、そのようなお約束は、決してあてにしてはいけない、と教わりました……」
いや。そんなはずはない。この気持ちは、間違いなく本物だ。
俺は精一杯の心を込め、自分の両手で火鳥の左手を包みこんだ。
薬屋の店主と店員が、表情を押し殺すようにして、すっと目を逸らした。




