〜陽の巻〜
「――火鳥に、会ってくる」
道三が立ち上がって、言った。
「部屋の前まで、お送りいたします」
俺も立ち上がろうとした。
「いや、場所は分かるからいい」
「ですが――」
「ときに」
道三が言葉をかぶせてきた。
「お前は、火鳥の唄を、聞いたことがあるか?」
「えっ?」
突然思いもよらないことを聞かれ、俺は静止する。
火鳥の唄なら、聞いたことがある。
夜中に庭で唄っているのを聞いた。
だけど、あれは盗み聞きだ。
あれを聞いたというのだろうか。
俺は道三を見上げた。
さりげない雑談の体を装っているが、道三の目は鋭く光っていた。
「――あり、……ます――」
慎重に、俺は答えた。
道三の顔がこわばり、続いてその目に、切ないほどの哀しみの色が浮かんだ。
「………………どうであった……?」
適切な言葉を探すのに、時間がかかった。
当たり障りのない答えなら、いくつも見つけ出すことができた。
だが俺は、正直に答えた。
それが、俺のできる、精一杯の誠意だと思った。
「――極楽に住むという、迦陵頻伽が、唄っているのかと思いました」
「………そう、……か……」
道三は目を伏せ、くるりと後ろを向いた。
道三の体は先ほどより、一回り小さくなったように見えた。
俺は見てはいけないものを見たような気がした。
呼吸7回分の、時が流れた。
俺に背を向けたまま、道三は顎を上げた。
背中からは既に、威風堂々とした王者の気配を漂わせていた。
道三は、閉じられていた座敷の扉を、勢いよく開け放った。
御堂に居並んだ700人の武将たちにピリリとした緊張が走る。
700人が一斉に、さっと頭を下げた。
「火鳥はもうしばらく、お前に預けておく。
だが、覚えておけ。
ふさわしくないと思えばいつでも、美濃に連れ帰る。一戦を交えてでも。
――励め。
全力で生きよ」
低く力強い声でそう言うと、道三は座敷の敷居をまたいだ。
「火鳥に会いに行く。案内せよ」
凄みのある、道三の声が御堂に響く。
「はっ!」家来の一人が走り出た。
道三は、圧倒的な存在感を示しながら、大股で堂々と御堂を横切り、ついに見えなくなった。




