〜斎藤 道三〜
今日、栄えた家が、明日には没落する。
そもそも絶対に安全な嫁ぎ先など、存在しないのだし。
織口信秀が死に、清須ではクーデターが起こった。尾張の内乱は、すでに始まったと見て良い。だが、今はまだ序ノ口。
今川は、尾張を狙っている。
遅かれ早かれ、織口家は存亡の危機に立たされる。
それでも、全滅する前に女子供を逃がす程度の甲斐性くらいは持ち合わせているだろう。
火鳥には、考えうる限り最高の教育を施してきた。たとえ、たった一人で戦場に放り出されたとしても、みすみす野垂れ死んだりはしないはずだ。
給仕される湯漬け。
道三は、目の前で背筋を伸ばして座っている、正装の若者を見た。
織口家の没落は不可避。だがもしも、この男が今川の手を逃れ、火鳥を連れて美濃まで落ち延びることができたなら……。
その時は、多少の援助くらいは、してやってもいいかもしれない。
この男はいつか、儂の息子の、優秀な家臣の一人になる可能性すらある――。
道三は黙って、湯漬けに手を伸ばした。
この男の口から聞く火鳥という娘は、自分の知る火鳥とは少し違うようだった。
だが、自分の知る火鳥より、この男の語る火鳥の方が、優しく、明るく、一生懸命で――隠しきれない欠点があるのに魅力的だ。
それはおそらく、火鳥の持っていた人間性と、この男の持っていた人間性が、二人の間で混じって、新しい人格を生み出したからに違いない。
それは何年も娘に会っていない父親を、とても寂しい気持ちにさせた。
「火鳥と二人だけで、話したいのだが」
もしかしたら、今生の別れになるかもしれない。
その前に、渡さなければならない物もある。
――まさかこのような形で突然、別れが来るとは思わなかった。
「もちろんです。心ゆくまでお話しください」
そうか。悪いな。
「婿殿」その言葉は、するりと自分の口から出た。
――そうか。火鳥は……。嫁ぐのか――
未だに実感がわかないまま、道三は立ち上がった。




