〜斎藤 道三〜
あふれ出る殺気を、抑えようとは思わなかった。
下っ端の家来なら、それだけで腰を抜かすほどの殺気だ。
――格の違いを、見せつけてやる――
屏風を押しのけ、御堂に入る。
居並ぶ家臣たちが、震えあがるのが分かった。
道三は、殺気を放ったままゆっくりと座敷に上がり、腰を下ろした。
ちらりとガキを見る。
蒼い顔をして硬直していた。
ざまあみろ。
このまましっぽを巻いて逃げるがいい。
道空に声をかけられた織口和颯が、返事をするのが聞こえた。
――ほほう。
まだ逃げないつもりらしい。
若造が立ち上がる気配がして、衣擦れの音が近づいた。
敷居をまたぐ気配。織口和颯が道三の前に座った。
「織口和颯でございます」
予想に反して、しっかりと芯の通った声。
だが、膝の上に置いた手は、必死になって震えを隠しているのがバレバレだ。
「斎藤道三さまにおかれましては、ご息災のご様子、喜ばしい限りでございます。
本日こうしてお目に書かれましたことは、わたくしの光栄の極みでございます」
型通りだが、非の打ちどころのない挨拶。
これだけの殺気を喰らっておきながら、声を震わせなかったことは褒めてやろう。
――だが、火鳥は返してもらう。
道三はぐっと肚に力を込めて目の前の若者を睨んだ。
幾多の戦場を駆け回り、何度も死線をくぐり抜けてきた。
絶体絶命の窮地に陥っても、そのたびに起死回生のチャンスをつかんできた。
こんな、若造。ひと捻りだ――。
道三は、ありったけの覇気を解き放った。
織口和颯は、逃げようとも、躱そうともしなかった。
目をそらすことすらせず、全身で、道三の発する覇気を受け止めた。
後ろ盾を持たない。
知識も、技術も、経験も足りない。
持っているのはただ、未熟な自分自身のみ。
それでも。
最後まで闘うという意志と、崖っぷちでも踏みとどまる闘志だけは一級品だ。
ほとばしるような精気が、彼の全身からあふれ出た。
――なんで、こんな若造なんかに。
という気持ちに
――なるほど。さすがは、我が娘。
という気持ちが重なった。
二つの気持ちが、道三の中でせめぎ合い、絡み合い、怒りと憎しみがふっと消えた。
織口和颯が驚いたように道三を見つめた。
――そうか、この男が――。
道三は道三は目を細めて目の前の若武者を見た。
道三は静かに息を吐いた。
――そうか、火鳥……
傍に控える従者に、湯漬けと、酒を持ってくるよう合図を送る。
――これがお前の、選んだ男。か。




