〜陽の巻〜
御堂の隅の屏風を押しのけて、誰かがやってくる気配がした。
凄い殺気だ。
俺はたちまち、息をすることさえままならなくなる。
御堂に並んだ武将たちの間にひりつくような緊張感が走った。
――来た……!
これが、斎藤道三――!!
道三は、だだ洩れの殺気を放ったまま、ゆっくりと御堂を横切り、御堂の脇の座敷に入った。
衣擦れの音がして、道三が、座敷の中で腰を下ろす気配がした。
この場は依然として、刺すように鋭い緊張感が支配している。
柱に背をつけ、床に座っていて良かった。
ガタガタと足が震える。俺は動けない。
斎藤道三の側近が傍に来て、俺の耳元で「あちらが斎藤道三さまです」とささやいた。
「―――そう、……か」
俺は、やっと答えた。
声を震わせないようにするだけで、精一杯だった。
それでも、声を出したら、体が動くようになった。
俺はなんとか立ち上がった。
臍の下・丹田に気合を溜めて、足を床に擦り付けるようにして歩いたら、どうにかこうにか手足の震えも収まった。
俺は敷居をまたいだ。
座敷に上がり、斎藤道三に、練習してきた通りの挨拶をする。
道三の大きな目が、ギロリと俺を睨んだ。
威圧感が半端ない。
さっきの武将たちとは、比べ物にならない。
――これが、大国・美濃の。ボス!
すごい、すごい、凄い覇気だ。
――くそっ! 負けてたまるか!
美濃は尾張の何倍も広いとか。
斎藤道三は、俺の尊敬する父上よりもさらに10歳以上年上だとか。
男としても武将としても、経験値が全く違うとか。
斎藤道三が本気になったら、俺はきっと、指先で弾かれるようにして消し飛んでしまうだろうとか。
スキルも、ステータスも、キャリアも、リソースも。どのパラメーターもまるで敵わないとか。
そんなのは分かっている。
だけど。
これは男と男の一対一の真剣勝負だと、俺にも分かった。
――恐れるな。俺。
俺はぐっと奥歯を食いしばって、斎藤道三のぎょろりとした目を見た。
――あまが池に潜った時のことを思い出せ。
大蛇に比べれば――斎藤道三なんて。
ただの……俺と同じ――人間じゃないか!
斎藤道三が、俺の目を睨み返してきた。
気迫と敵意と、存在感がすごい。
もうすぐ天命を知る男のパワーとは思えない。
押し負けそうだ。
でも――負けてたまるか!
火鳥は、俺にとって本当に、本当に、本当に、大切で大切でかけがえのない存在なんだ。
だから。
諦めない。
勝てる可能性なんて、ほとんどない。
こんな実力差のある勝負なんて、戦う前から、負けたと決まっているも同然だ。
そんなのは分かってる。
俺にだって分かる。
でも、まだ。
今はまだ。
まだ、負けたと決まったわけじゃない。
どんなに負けそうでも。
どんなにみっともなくても。
俺にできるのはただ、完全に負けたと決まるその瞬間まで、己の全てを掛けて、全力であがき続けることだけじゃないか。
うおおおおおぉぉぉぉ。
――踏ん張れ。俺!




