〜斎藤 道三〜
唄も踊りも書道も行儀作法も馬術も剣術も忍術も、全て一流の師匠をつけた。金に糸目はつけなかった。
血を吐くほどの訓練だったはずだが、火鳥は嫌がることも弱音を吐くことも、一度もしなかった。
唄の師匠も連れてきた。だが火鳥は、唄だけは決して唄わなかった。
道三は唄の師匠を解雇した。
火鳥姫は花鳥姫とは全く違った。
花鳥姫はよく泣き、よく笑い、わがままを言った。
火鳥姫は泣くことも笑うこともなく、決してわがままを言わなかった。
常にくちびるを引き結び、どのような試練を与えても必死に喰らいついてきた。
伊賀のくのいち・熊蜂のもとで修業をするようになってからは、氷のような気配を醸し出すようになった。
道三への忠誠心は絶対だったし、どのような命令をくだしても、必ず任務を遂行した。
別の娘を養女にする考えは、頭に浮かばなくなった。
道三の命令で火鳥姫が嫁ぐと、火鳥姫のことを想う時間が増えた。
無事に過ごしているだろうか。病気になっていないだろうか。
正体を知られ、殺されそうになってはいないだろうか。
そうしてふと、自分がもうずいぶんと花鳥姫のことを思い出していないことに気付き、愕然とした。
火鳥が嫁いだ先が分家だったのは想定外だった。
――してやられた。
だが、信秀が策士なのは知っている。
このまま火鳥を潜伏させたまま勝機を見出すつもりだった。
織口家を分裂させる裏工作を命じたら、鮮やかな手腕で着々と準備を進めていた。
それを、あのガキが父の葬儀でふざけた真似をして、ぶち壊しにした。
極めつけは、あの密書だ。
何度嫁がせても、どのような任務を与えても、常に冷静沈着だった火鳥が、突然ふわふわとした訳の分からない密書を送ってきた。
頭に血が上った。
――没落寸前の三流武士のガキになど、大事な娘を渡せるか……!
尾張では守護・斯波義統の側近・坂井大膳が反旗を翻した。
尾張の内戦開始は、すでに秒読み段階に入っている。
織口家は既に風前の灯だ。
――今日という今日は、必ず火鳥を稲葉山に連れて帰る。
道三のこめかみが、ぴくぴくと痙攣した。




