合戦
俺たちは勝家の進言するとおりに軍を3つに分け、3か所を同時に攻撃した。
俺は勢いよく馬を走らせ、先陣を切った。
俺の部下たちが後に続く。
不意に死角から、敵の槍が伸びてきた。
まずい。
避けきれない。
そう思った時には槍を持った敵が倒れていた。
「ちゃんと見ておけ!」
血塗れの太刀を持った一益が怒鳴った。
「だが、勢いを殺すな。突き進め!」
――むちゃくちゃだ。
だけど、血が騒ぐのはなぜだろう。
「分かってる!」
俺は怒鳴り返した。
「突撃だ! 進めっ!」
俺は後ろを振り返った。仲間たちに向かって声を上げる。
「応!」
俺が、ボスだ。だから俺が先頭に立って、仲間たちのために血路を開く。
俺は槍を構え、勢いに任せて敵を突きまくった。
俺は身体が大きくないし、力も弱い。だから、勝家のように一人でたくさんの敵を倒すことはできない。一対一の勝負だったら、きっとすぐに負ける。
だけど、俺の剣幕に感化されるように、皆がが一丸となり、がむしゃらに突き進んでいく。その迫力に、敵が驚き怯んで、じりじりと後退していく。
一益が俺にぴたりとくっついて、四方に気を配っているのが分かる。俺の死角にいる敵を、冷静に排除していく。
真夏の太陽がじりじりと俺たちを照り付ける。
合戦は朝から始まり、昼頃まで続いた。
俺たちは優勢だった。
三か所で死んだ敵は100人。
敵は、昨日占領したばかりの、松葉砦と深田砦を捨てて、逃げていく。
やった! 俺たちの勝ちだ!!
――俺、戦で勝ったの初めてかも……!
これは、俺の実力じゃない。
信光叔父さんと、勝家のおかげだ!
「撤退だ!」
坂井大膳が叫んだ。
「清州へ!」
生き残った者たちが、どっと清州に向かって走って行く。
「よし! 清州まで追い詰めるぞ! ひとりも打ち漏らすな!」
俺は叫んだ。
「応!」
声が答える。
俺は信光叔父さんと柴田勝家を見た。二人とも俺を見て頷いた。
清州には、尾張の最高権力者である守護・斯波義統さまがいる。
清州まで追い詰めれば、斯波義統さまの軍と挟み撃ちにできる。
さすがの坂井大膳も、清州の軍と俺たちに挟まれたら勝ち目はないだろう。
――清州が、裏切り者全員の墓場になる。
「清州で、一網打尽にするぞ!」
「応!」
俺たちはひたすら裏切り者の後を追った。
清州の町が見えてきた。
清州は守護がいる尾張の首都。街の周りは、ちょっとやそっとでは突き崩せないほどの、頑丈な壁で取り囲まれている。
街の周りは刈り取りを待つ田が広がっていて、清州の豊かさを物語っている。
坂井大膳は清州の町を取り囲む壁の、開いた門に向かって馬をすすめている。
「清州の門はもう少しだ! がんばれ! 走れ! 急げ!」
部下を応援する声が聞こえる。
――させるかっ!
俺は息を吸い込んだ。
大声で清須の門番に向かって叫ぶ。
「裏切り者・坂井大膳だ!! 門を閉じろ! 清州の町に入れるな!
清須の兵を集めろ! 挟み撃ちにするぞ!」
ところが門は閉じない。それどころか、先ほどよりより大きく開いたような――。
聞こえなかったのだろうか。
俺はもう一度同じことを叫んだ。
「門を閉じろ! 裏切り者を、清州の町に入れるな!!」
何かがおかしい。
俺は祈るような気持で叫んだ。
「門を閉じろ! 裏切り者を、清州の町に入れるな!!」
だが俺の声はむなしく響くだけだ。
坂井大膳の軍は、次々と清州を取り囲む壁の内側に吸い込まれていく。
「くそっ! どういうことだ!?」
敵の最後の一人を塀の内側に飲み込んで、清州の門はぴたりと閉じた。
「――こ……これは……」
柴田勝家が声を震わせた。
俺の背筋に冷たいものが流れる。
――坂井大膳が、清州の守護・斯波義統さまを裏切ったんじゃない。
坂井大膳率いる清州が丸ごと、守護・斯波義統さまを裏切ったんだ――
俺たちは、清州の実権を握っているのは守護・斯波義統さまだと思っていた。
坂井大膳たちは斯波義統さまを裏切ろうとしてはいるものの、それは清州の中では少数派だと思っていた。
だが、門番たちの対応は、清州の実権を握っているのが既に斯波義統さまではなく、坂井大膳であることを物語っている。
最高権力者であるはずの斯波義統さまは、清州の中で既に少数派にまで追いやられ、さらに孤立している!
――なんてことだ!!
塀の上の物見やぐらに坂井大膳が、悠々と現れた。
「織口信光と――信秀の息子か。残念だったな」
口元に勝者の笑みを浮かべている。
「見ての通りだ。清州の軍は俺が掌握している。
今からここで一戦交えるつもりなら、こちらも受けて立つが――」
ちらりと後ろを振り返る。
「守護・斯波義統はこの奥にいる。
斯波義統の命が惜しければ、軍を収めるがいい」
「くそっ!」
俺は毒づいた。
「どういうことだ!? 主君を裏切ってどうするつもりだ!!
斯波義統さまがいなくなったら、困るのはお前も同じだろう!」
坂井大膳は確かに権力者だ。
だがそれは、守護・斯波義統さまの家臣だから権力を持っているだけだ。
俺たち武士は、主君の血統を重んじる。
坂井大膳個人が独立しても、今までのように皆が従うとは思えなかった。
「俺は困らない」
「――お前ごときに、斯波義統さまの代わりが務まると思うなよ。
俺たち織口家一門は、お前になんかには従わない!」
「――勘違いしてもらっちゃ困るんだよ」
坂井大膳はさげずむような笑みを浮かべた。
「俺の後ろには、もっともっと、ずっと大きな後ろ盾がいるんだ」
――なん……だと……?
坂井大膳は楽しそうに目を細めた。
「知りたいか? 教えてやろうか――
俺の後ろにいるのは、今川義元様だ」
「なっ――!」
俺は絶句した。
はるか東の大国、駿河。
しかし、その勢力はこの近くにまで及んでいる。俺たちは鳴海砦を奪われたばかり。
治めるのは駿河の守護・今川義元。
今、もっとも勢いのある武将のひとりだ。
義元の義の字も、斯波義統さまの義の字と同じく、将軍家から賜った文字だと聞く。
血統という意味では、申し分ない。
「若造。今日は帰れ。
頭を冷やしてゆっくり考えろ。
没落しかけた尾張の守護・斯波義統につくのがいいか、
破竹の勢いで勢力を伸ばしている駿河の守護・今川義元様につくのがいいか。
――もっとも、考えるまでもなく答えは出ているがな」
坂井大膳は俺が唖然としているのを見て、さも気分良さそうに唇をゆがめた。
「さっきはよくもやってくれたな。
俺の屈強な部下たちを次々と殺しやがって――。
こちらも、すっかり油断していた。
深田砦も松葉砦も、昨日占領したばかりだったのに、今朝攻められるとは思わなかった。
その素早さは見事だったと言ってやろう。
それから、お前のその威勢の良さ。
無礼極まりないが、若いやつはそれでいい。
俺は嫌いじゃない。
跪いて許しを請えば、今日のことはなかったことにしてやる。
織口和颯、と言ったな。
俺たちの仲間になれ」
「何だとぉっ!! 誰が裏切り者の仲間になるかっ!!」
俺がいきり立つのを、目を細めて見下ろすと、坂井大膳は出てきたときと同じように、悠々と物見やぐらを降り、塀の奥へと戻って行った。
「くっそぉぉぉぉぉぉぉっ!」
俺たちは悔し紛れに、清州の城壁の外に広がる田んぼから、刈り取り間際の米を全部刈り取って持ち帰ってやった。持ち帰った米は、今日参加した全員で分けた。
※尾張の首都・清州が今川方の手に落ちる
濃い緑・織口家
赤・今川家
(黄緑・尾張)




