2、信勝 ~陽の巻~
冬の朝。日が昇る前の空気が好きだ。
清浄で、ぴんと張りつめていて、肌が切れそうなほど鋭い。
俺を背に乗せて走り切った赤兎が、白い息を吐く。俺の太ももを通して、赤兎の背中がどくどくと脈打っているのが分かる。赤兎の背中から湯気が立ち上り、もわもわとした熱気が、冷たい空気をあたためる。
火鳥が嫁いでから一月が経った。
屋敷の隅の日当たりの悪い部屋。
前を通るたびに声をかけているが、中に人がいたことは、一度もない。
萌とあんな約束をしたにもかかわらず、火鳥とは、あれ以来、一言も言葉を交わしていない。
遠目に姿を見かけることはある。
だが、すれ違う事すら、一度もない。
……火鳥には、避けられているとしか思えない。
確かに俺の立場
――火鳥を溺愛していた、将来有望な男が死んだ後、政略結婚のために、嫌々くっつけられた夫。織口家の跡取りですらない――
を考えると、火鳥から避けられるのは理解できる。
だが、火鳥が意識的に俺を避けていたとして、一つ屋根の下で暮らしていながら、こんなにも会わずにいられるものだろうか?
俺の胸の奥にできた、もやもやとした重たい塊は、ずっとそこにとどまり続け――正直、ちょっと、苦しい。
一度、時間を取って、きちんと火鳥と話さなければいけないとは思っている。
だけど、何を、どうやって――?
ゆっくりと赤兎を歩かせながら麦畑を通り、屋敷へ戻る。
麦は豊作のようだ。
今年はこの村から、飢死する者を出さなくて済むかもしれない。
人が死ぬのは嫌いだ。
このまま麦が順調に育てばいい。




