氷壁の記憶と銀の約束(コールド・アンセム)
Fランクダンジョン『氷竜の住処』から学園へ帰還後。
かつてない絶望的な敗北を喫したティアたちだったが、第四魔法騎士団の介入と、学園が誇る聖魔法の使い手たちの懸命な治療により、最悪の事態は免れた。
「……う、うう……」
「ガルス! 目が覚めたか!」
ティアの声に、巨体を震わせてガルスがゆっくりと目を開く。
「ティア……俺は……。そうか、俺たち生きて帰れたんだな。すまなかった。」
バキバキと音を立てて身を起こすガルス。
その隣では、切断された左腕を自由に動かせるようになって喜ぶゼノの姿があった。
「ゼノは何しているんだ?」
「ガルスがやられた後、ゼノは腕を切断されたんだ。何とかくっついて、元通り動かせるのが嬉しいみたいだよ!」
フェイがひらひらとガルスの周りをまわりながら説明した。
「信じられない。この腕、前よりも軽く感じるくらいだ。自由自在に動くよ。切断される前の傷も治ったのかな?」
ゼノが力強く拳を握る。
その光景を見て、ミアは涙を浮かべ、シエルは安堵の溜息を漏らした。
「ミア、ほんとよかった。二人が生きててくれて。」
「私の氷魔法で、あんたの腕凍らせてあげてたのがさいわいしたのかもね!感謝しなさい。」
「みんな、本当に……生きててよかった!」
フェイがティアの肩の上でぴょんぴょんと跳ねる。
「フェイ、転げ落ちないように気を付けてね?」
「そんなべたの展開になんてならないっ、キャー!」
僕の言った通り、フェイは僕の肩から転げ落ちた。
フェイは羽をばたつかせ、体勢を立て直そうとするが、その前に僕は掴んだ。
「ほら、言ったこっちゃない。」
「どこ触ってんのよ!ティア君のエッチ!バカ!何してんのよ!」
フェイの胸に触れていたらしく、フェイは僕の手をポコポコと連打する。
20cmの彼女の拳は、かゆくも痛くもない。
「ごめん。そんなつもりじゃ...」
「誰が貧乳よ!これでも妖精族の中だったら大きいほうなんだから!」
フェイは怒って医務室から飛び去っていった。
「ティア、気にするな。あれは事故だ。そもそもフェイが悪い。」
ガルスは笑いながらフォローしてくれたが、僕は初めて気まずさを知った。
その後、ティアたちはマルス教官や学園関係者に対し、ダンジョンで遭遇した「蒼い特殊個体」の詳細を報告した。
圧倒的な速度と火力、特殊攻撃と魔法を無効化するような謎の幾何学模様の障壁。
その驚異的な敵の情報に、マルス教官たちは僕たちによく頑張ったと、拍手を送ってくれた。
この情報は機密情報とされ、僕たちには守秘義務が課された。
不用意にこの情報が外部に漏れれば、混乱のもとになる可能性があると判断されたからだ。
数日後。ダンジョンの徹底調査を終えた第四魔法騎士団が、一旦王国へと帰還することになった。
ティアは一通の書状を受け取る。
~~~~~~~手紙の内容~~~~~~~
エスニア魔法学園 生徒ティア殿
第四魔法騎士団の調査団はダンジョン調査を終え、現在帰還中です。
明日のお昼ごろ、エリシア団長の執務室にご足労願います。
持ち物:昼食を持参すること。
以上
追伸
多分、修行のことだろう。
心構えしてくるといい。
第四魔法騎士団 副団長アルス・クロムウェル
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「僕、どんな修行するんだろう。エリシアさん怖いな。でも、これで強くなれるなら頑張れるか。」
「何独り言つぶやいてるの?」
リナが学園の講義から帰ってきて、僕の手紙を盗み見た。
リナの憧れのエリシアから呼び出しの手紙と知り、リナは手紙を奪い取った。
「なんであんたがエリシア様と会うことができるのよ!ずるいわ!ずるいずるいずるいずるい!ずるすぎる!私もついていく!なにがなんでも!」
「そんなことしたら、エリシアさんとアルスさんに怒られると思うけど。」
「たとえそうだとしてもついていくの!ティア、あなた料理なんてできないでしょ?私が作ってあげる。素晴らしいお弁当を持っていけば、思わずエリシア様達も食べたくなるはずだわ。そういえば、ダンジョン調査ってなんなの?」
守秘義務を課された内容なので、僕は下手に返答できなかった。
リナはなんとなく察するように、詰めないでくれた。
「ふぅ~ん。言えないことなのね。あまり詮索はしないことにしてあげる。さーて、どんなの作ろうかな~♪」
次の日。
リナはおしゃれな弁当箱に、豪華な料理を詰めて、ティアとともにエリシアの執務室に向かっていた。
「エリシア様はどんな服を着ているのかしら。きっとあんな服を着てるんだろうな~。」
「白銀の服を着てるよ。」
「ちょっと、言わないでよね!行ってからの楽しみだったのに~。最悪。ティアはちょっと天然よね。」
「天然って?」
「...そういうとこ...」
しばらく僕らは沈黙した。
ドンっ!
リナが持っていた弁当箱に、曲がり角から走ってきた子供がぶつかる。
その衝撃で弁当箱が壊れてしまい、中身が道に散乱した。
「えっ、私の、料理が。朝早く起きて作ったお弁当が...。うぅ...」
リナは頑張って作ったお弁当が無残な姿になってしまったのをみて、目に涙を浮かべた。
「ごめんなさーい。急いでて、ぶつかっちゃいました!次から気を付けまーす。」
ぶつかってきた子供は走り去ってしまい、僕とリナだけ取り残され、散らばったお弁当の中身は、鳥たちが集まってついばみ始めた。
「リナ、落ち込んでるところ悪いんだけど。急がないと僕怒られちゃう。」
「慰めなさいよ。そういうところが天然なの。」
「ごめんって。」
肩を落としているリナを歩かせ、僕は彼女のお弁当箱を持ってあげた。
これで慰めてあげられるだろうか。
執務室に着くと、副団長のアルスが出迎えた。
「遅かったなティア。その子は?」
結局、想定より遅くついてしまったため、怒られると思いきや、特にそんなことはならずに済んだ。
「すみません。アルスさん。同級生のリナです。リナ・アルヴィス。」
「話の内容的に、彼女は通すわけにはいかない。すまんが、ここで待っててもらえるか。」
先ほどの件で落ち込んでいるリナのために、ティアは勇気をもって相談した。
「アルスさん。リナはエリシアさんの大ファンみたいで。どうしても会いたかったらしく、頑張ってお弁当を用意したのですが、来る途中で、子供に台無しにされちゃって。すごい落ち込んじゃっているんです。だからどうか、エリシアさんに...」
アルスはしばらく悩み込み、しぶしぶエリシアの執務室に入れてくれた。
「失礼します。エリシア様。ティアとお連れです。」
「遅かったなティア。」
窓の外を眺めるエリシア・フロンティアの姿があった。
白銀の服を纏った彼女は、相変わらず見惚れるほど美しかった。
「その子は誰だ。」
「エリシア様!対面では初めてですね。リナ・アルヴィスです。ティア君と同じ学園の生徒です。」
「ああ、アルヴィス家の次期当主の。君のことは知っている。学園の試験を首席合格したそうだね。」
「そうなんです!今は3位になってしまいましたが、いずれまた主席に這い上がり、エリシア様の騎士団に入団を希望しています!」
エリシアと話すことができたからか、先ほどまで落ち込んでいたのがウソのように、リナは生き生きとしていた。
「そうか、待っているよ。しかし、リナ君。今は君がいてはだめなんだ。機密情報についてティアと話すんだ。彼はこれに関わっているので、今回呼んだんだ。すまないがアルスとともに、外で待っててくれるか?」
「申し訳ございません、エリシア様。私が無理についてきてしまったんです。ティア君は何も悪くありませんので...それでは失礼いたします。」
リナはある程度満足したようで、丁寧にお辞儀をし、アルスとともに部屋を出て行った。
「ティア、彼女はいい子だな。彼女なのか?」
「いいえ!違います!あれ、なんで女性だとわかったんですか?」
「アルヴィス家には、あまり良い男児はいないと聞いている。なのに実際にはあの子はいい子だ。おそらく長女のカリナ・アルヴィスだろう。かわいそうに。男の子として身分に変えられたのか。それにどう見ても女の子だ。」
カリナ・アルヴィス。
それが彼女の本当の名前だった。
何かあることは知っていたが、まさかお家事情だったとはと、僕は少しばかり同情した。
「それより本題だ。学園からの報告書は全て読んだ。ティアたちが遭遇した蒼い特殊個体……あれは、大昔に氷の中に閉じ込められた機械兵団の仲間だと思われる。」
「大昔ですか?」
「ああ、壊れた氷壁の破片を見るに、それは間違いなさそうだ。」
まさか、大昔にすでに、あのような強い機体がいたことに僕は驚愕した。
しかし、どうして今活動している機械兵団は数こそ多かれ、あれほどの戦闘能力はないのか疑問に思った。
「なぜ、あんな強い個体が今まで出現しなかったのかと思っているだろう。」
エリシアは見透かしたような顔で、こちらの考えていることを言った。
「これは私の推測だが、機械兵団が現れてから20年。その昔から奴らは私たちは争っていたんだろう。しばらくの間奴らは身を潜め、その間に、私たちの歴史から抜け落ちていただけなのだろう。」
あくまでエリシアの推測ではあるが、もしこれが事実の場合。
これから同様に強い個体が現れてしまうかもしれないということになる。
「ティア、私がお前に修行をつけるといった意味が分かったか?」
「はい。分かりました。エリシアさん。どうか僕を強くしてください。それとできればカリナも!」
「カリナもか?」
僕はカリナが、新入生総代で演説したことをエリシアに伝えた。
それは機械兵団を倒すことについてのことで、エリシアにもよく伝えることができた。
「いいだろう。明日からカリナも連れて、ここに来い。」
エリシアは地図を僕に手渡した。
それは、この第四魔法騎士団本部の地下に通ずる地図だった。
エリシアはゼロ距離までティアに歩み寄り、壁際に追い込み入った。
「ティア、お前は強くなりたいと言っていたはず。私の自由時間は極めて短いが……今日から一ヶ月、私の直轄訓練をしてやる。地図の裏に空いている日時を書いているから、必ずこの時間にくるんだ。予定が変わったら、アルスに伝えに行かせる。」
最後にエリシアは僕の耳元でささやく。
「もしこの訓練を終えたら、ご褒美をくれてやろう。」
こんなセリフを普通の女子に言われたら、うれしいはずなのだが、エリシアが言うと対抗的に恐怖を感じてしまう。
エリシアの吐息が耳をかすめるほどの至近距離。
その美貌とは裏腹に、彼女から放たれる騎士団長のプレッシャーに、僕は身動き一つ取れなかった。
恐怖と、それ以上の期待。
この人についていけば、あの蒼い悪魔に届くかもしれない。
「……はい、エリシアさん。よろしくお願いします」
僕が絞り出すように答えると、彼女は満足そうに口角を上げ、ようやく体を離した。
ティアはエリシアとの修行に参加してよいとリナ……いや、カリナに伝えると、喜びのあまりティアの腕を掴んで激しく揺さぶっていた。
「本当に!? 本当にいいのね!? ああ、神様、エリシア様……! ティア、あんたには感謝してあげるわ!」
その声は扉越しにもはっきりと聞こえ、エリシアは微笑みながらお茶を飲んだ。
一方で、医務室を飛び出したフェイは、シエルやミアを巻き込んで学園の裏庭にいた。
ティアとカリナがエリシアとの特訓をすることを小耳にはさんでしまった。
「ティア君ばっかりずるい! フェイだって、次は絶対負けないんだから! ミア、シエル、特訓よ! 特訓!」
「……やれやれ。でも、そうね。私たちも、あのままじゃ終われないわ」
「うん、ミアも頑張る。ティアくんに追いつかなきゃ」
それぞれの胸に灯ったのは、敗北の悔しさを薪にした、再起という名の小さくも熱い火種。
それが一ヶ月後、どのような業火となって燃え上がるのか。
運命の一ヶ月が、今、静かに幕を開ける。




