葬られた勝機、蒼き刺客(ブルー・バレット)
氷竜の巨体が崩れ落ち、周囲に静寂が戻った。
激しい戦闘で削られた氷の地面からは、僕たちが放った炎の名残である蒸気が立ち上っている。
「みんな!やったね!疲れていると思うけど、早く戦利品を回収しなきゃ!あったかいお風呂が待ってるよ!」
フェイが明るい声を上げ、氷竜の頭部へと駆け寄ろうとした。
だが、その時。
氷竜の背後の氷壁が砕け散り、駆動音が鳴り響く。
砕けた壁には、三つの影がある。
「なっ……機械兵だと!? なぜこんな場所に!」
ゼノの驚愕の声が響く。
現れたのは、僕たちが村で見た泥臭い量産機とは一線を画す、洗練された「兵器」だった。
左右の二体は、全長8mほどの灰色で、継ぎ目がほとんどない細身の機体。
そして中央の一体は――全身が大海のような蒼の色で、冷徹な光を放つ瞳を持っていた。
こちらも同様に全長は8mほどで、背には筒のようなものを背負っている。
「……飛んでいるのか?」
シエルが信じられないものを見るように呟く。
彼らの背中には、重力に抗うように青白い炎を噴き出す推進器が備わっていた。
これまでの機械兵は陸上のみで活動し、空を飛んだり海を泳いだりするものはいなかったのだ。
「戦利品どころじゃないぜ! 全員、戦闘態勢をとれ!!」
ガルスの叫びと同時に、二体の機械兵が超高速で突進してきた。
速い。
今までの重厚な機械兵とは、フレームの強度が、出力が違いすぎる。
ガルスは盾で防ごうとするが、衝撃を殺しきれず吹き飛ばされ、氷壁に打ち付けられた。
骨が粉砕されたような嫌な音が響き、ガルスは吐血し、そのまま意識を失ってしまった。
「雷魔法、雷神のいかずち!」
ゼノが放った雷を、機械兵は空中で身を翻して軽々と回避した。
そのまま、これまでに見たことのない円盤状の光の刃を射出する。
「ぐわぁっ!?」
音もなくゼノの片腕を切断し、光の刃は氷壁をも切断しながら消えていった。
ゼノの鮮血が白銀の地面を赤く染める。
「「合体魔法――『紅炎の暴風』!!!」」
僕とフェイは、氷竜を屠ったあの一撃を、間髪入れずに放った。
だが、中央にいた『蒼き特殊個体』が、無造作に右腕を前に突き出す。
――パシュゥゥゥ……。
放たれた蒼の螺旋は、仲間の機体の前に展開し、幾何学模様の障壁を形成。
衝突し、あっけなく合体魔法は霧散した。
「嘘だ……。僕たちの全力の合体魔法が……なんだあの力は……?」
絶望が、冷気となって僕の全身を駆け抜けた。
「まだ全力じゃない。ミアも手伝う。狂歌魔法、英雄の凱歌!もう一度合体魔法を!」
ミアの支援で、魔力が増大し、ティアとフェイは再度合体魔法を唱えるが。
――パシュゥゥゥ……。
『蒼き特殊個体』から再び放たれた蒼の螺旋が、同様の障壁を形成し、合体魔法を無力化した。
蒼き機体は、まるで僕たちの実力を試すかのように、変幻自在の攻撃パターンで僕たちを翻弄していく。
背中に背負っていた兵器から狙い澄まされたレーザーを、氷の壁を一撃で砕く光のブレード。
僕たちは守るだけで精一杯で、反撃の糸口すら掴めない。
「……ここまで、なのか。」
ミアの歌声も恐怖で震え、シエルの鎖は一瞬で引き千切られ、氷壁も砕かれる。
『蒼き特殊個体』が、トドメを刺すかのように胸部のパーツを展開し、まばゆい光を集束させた。
空間そのものが鳴動し、死の予感が全身の肌を粟立たせる。
終わりだ。そう確信して目を閉じた、その時。
「…………。」
『蒼き特殊個体』の瞳が、一度だけ強く瞬いた。
集束していた光がふっと消え、駆動音が落ち着いていく。
「攻撃を……やめた?」
三体の機械兵は、動けなくなった僕たちを一瞥すると、何の未練もないかのように垂直に上昇を開始した。
背後の推進器が爆音を上げ、空洞の天井に空いた大穴へと消えていく。
まるで、取るに足らない羽虫を見逃すかのような冷淡さだった。
残されたのは、ボロボロになった僕たちと、冷え切った静寂だけだった。
「……なんなんだ、あいつらは。僕たちを……見逃したのか?」
僕の問いに答えられる者は誰もいなかった。
勝利の直後に突きつけられた、さらに圧倒的な「力」。
僕が復讐を誓った相手は、僕たちが思っていたよりも、ずっと強い存在だったのだろうか。
それとも、僕たちはまだ、彼らの戦場にすら立てていなかったのか。
「……っ、ゼノ! ガルス!」
僕は疲れ切った足で二人のもとへ駆け寄った。
ゼノの失われた腕からは鮮血が滴り、ガルスはピクリとも動かない。
仲間の命が指の間からこぼれ落ちていくような恐怖が、僕の喉を焼き、悲鳴を押し殺させた。
僕たちは二人を担ぎ、必死に氷の空洞を後にした。
しかし、ゴーレムと氷狼の群れが、弱り切った僕たちを嘲笑うかのように立ち塞がる。
「どいて……どいてよ!!」
フェイが叫びながら風を放つが、魔力枯渇に近い彼女の風は弱々しく、狼の群れを押し返すのが精一杯だった。
ゴーレムはその風をものともせず、近づいてくる。
今の僕たちには難攻不落の城塞に見える。
戦う力すら残されていない僕たちは、背負った仲間の重みに耐えながら、ただ逃げ惑うしかなかった。
「炎魔法、紅炎の噴火!くそ、氷狼しか倒せない。」
氷狼相手には、ティアの魔法で何とか倒せるが、ゴーレムに対しては、シエルの氷結の鎖による足止めしかできない。
そんな時、前方から人影が見えた。
それはこのダンジョンを攻略中の別のパーティーだった。
「助けてくれ! 仲間が重傷なんだ!」
叫びながら駆け寄った先には、冒険者風の五人組のパーティーがいた。
しかし、彼らの目は救済者のそれではなく、獲物を見るハイエナの濁った色をしていた。
「助けてやりたいのは山々だが、こっちも命懸けでな……。金はあるか?」
リーダー格の男が下卑た笑みを浮かべる。
ゼノが持っていた学園の支給金を差し出すと、男はそれを奪い取った。
中身を確認し、そこそこの金額が入っているのを見て笑みを浮かべた。
「よし、確かに。……あばよ、坊主たち!」
「待て! 治療は……っ!?」
男たちは僕たちを突き飛ばし、そのままダンジョンの奥に走り去った。
金だけ奪われ、僕たちは茫然とした。
「……っ、クソッ!!」
怒りと情けなさに涙がこぼれそうになるのを堪え、僕たちは這うようにして中層のセーフティーゾーンへ辿り着いた。
重症の二人には申し訳なかったが、四人の体力も限界が来ていたため、しばらく休息をとった。
「ゼノ、調子はどうだ?」
「すこぶる悪いな。これが幻肢痛ってやつか。失った左腕が痛い。だが死にはせん。それよりガルスのほうはどうだ。」
「ガルスは特にまずい。意識もないし、呼吸も乱れている。急がないと命にかかわりそうだ。」
「やはり誰かしら、治療魔法を使えるようにならないとな。」
「誰……!?」
シエルが杖を構える。
ティアたちも警戒態勢に入る。
現れたのは別のパーティーだった。
しかし、先ほどの件で、ティアたちは警戒を続ける。
だが、彼らは僕たちの惨状を見るなり、迷うことなく駆け寄ってきた。
「ひどい傷だ! すぐに治療を! 聖魔法、中級治癒!」
神々しく温かい光が二人を包み込む。
ゼノの出血は止まり、ガルスの呼吸が落ち着いていく。
彼らは無償で治療を施してくれた。
「ありがとう。僕はティア。それとフェイとシエル、ミア。治療してくれた二人はガルスとゼノです。」
「私はレメディー。このパーティーのリーダーだよ。ゴーレムか氷狼にやられたの?だけどあの傷跡はそうじゃなさそうだね。氷竜でもなさそうだ。」
「初めて見る機体の機械兵にやられました。いわゆる特殊個体です。」
「なんだって!?それは一大事だ。すぐにでもダンジョン管理者に連絡しないと。」
レメディーたちに護衛してもらい、途中、戦闘はあったが、攻略に慣れているのか、あっという間に処理し、僕らは何とかダンジョンから出ることができた。
「すみません。僕、、、」
僕は安心感からか、気を失ってしまった。
……次に目を覚ました時、僕は見覚えのある古びた店のベッドにいた。
「気がついたかい、坊や。」
とても美味しそうなにおいがする。
冬装束専門店の老婆が、温かいスープを作っているみたいだ。
レメディーたちが、この店まで運び込んだみたく、保護し、学園へ連絡してくれたのだという。
「よく生きてダンジョンから帰ってきたね。実際Dランクレベルのダンジョンなのに。」
「ダンジョン攻略だけなら、もっとましな形で帰ってこれたのに、……あいつらは、今までの機械兵とは違ったんだ。僕たちの力が、全く通じなかった……」
老婆に漏らした言葉に、彼女は濁った瞳を細めた。
「力ってのは、時に残酷なものさ。自分の傲慢を映し出す鏡……。だがね、力にはその上を超える力がある。何度でも磨けるんだよ。」
老婆の回答は、会話の流れにあっていない回答だった。
「ガルスたちはどうですか?」
「あのドワーフはまだ意識が戻らないが。回復魔法のおかげで、一命はとりとめそうだ。ゼノとかいう竜人は何とか腕は繋がったみたいだ。寒い地域のおかげだね。女の子たちは怪我はないが、精神面が心配だね。」
「そうですか。いろいろとご迷惑をおかけします。」
老婆は作ったスープをさらに乗せ、僕に与えてくれた。
どれくらい気を失っていたかわからないが、まだ冷えている体がみるみると温まった。
「おいしいです。なんかおふくろの味って感じですね。」
「それはそうさ。なにせ、私も誰かのおふくろなんだからね。」
老婆としばらく静かに言葉を交わしていると、店の外が騒がしくなった。
「ティア・アドラスは無事か!」
店内に踏み込んできたのは、学園の教官たち、そして――白銀の甲冑に身を包んだ、第四魔法騎士団の面々だった。
その先頭に立つのは、第四魔法騎士団団長、エリシア・フロンティア。
そして副団長のアルス。
エスニア魔法王国の守護神とも呼ばれる彼らが放つ威圧感は、店内の空気を一瞬で戦場の緊張感へと変えた。
「ティア、生きててくれてよかったわ。今回の件は、既に『特級事案』として調査を開始している。空飛ぶ機械兵……私たちが初めて遭遇する脅威よ。」
エリシアは鋭い眼光を僕に向けると、低く響く声で告げた。
「ティア。あの蒼い機体に生きて見逃されたのは、幸運ではない。屈辱だと思え。……その悔しさが消えぬうちに、私が直々に修行をつけてやる。死ぬ気で来い。」
「エリシアさん、僕...」
アルスが僕の言葉を遮り、叱責してきた。
「ティア!プライベートではいいが。今はエリシア様あるいはエリシア団長と呼べ!」
「申し訳ありません。エリシア様。僕の仲間たちが重症なのです。せめて意識が戻るまでは彼らといさせてください。」
「ならん。はっきり言って時間の無駄だ。仲間意識も大事だが。強くなればこんなことにはならない。私はお前に期待している。だからこの私が直々に修行してあげるの。」
彼女の鋭い眼光の前に、僕は何も言い返すことができなかった。
その後、第四魔法騎士団は調査のためにダンジョンへと消え、僕たちは学園の教官たちと共に帰路についた。
遠ざかる氷山を見つめながら、僕は破れた地を後にする。
いつか必ず、あの蒼き敵に一矢報いるため、僕は訓練を重ねる。




