首席の秘密、相部屋の境界線(シークレット・バウンダリー)
エスニア魔法学園の入学式は、厳かな静寂の中で執り行われた。
「続きまして、新入生総代。首席合格、リナ・アルヴィス。」
演壇に上がったのは、ショートヘアの精悍な顔立ちをした人物だった。
体つきは細身だが、凛とした佇まいをしている。
首席の演説は、力強く、そしてどこか他者を寄せ付けない鋭さがあった。
「我々がこの門をくぐったのは、魔法の深淵を覗くためではない。ましてや、血統や家柄を自慢し合うためでもない。」
リナの鋭い視線が、前列に座る貴族の子弟たちを射抜く。
「我々が学ぶのは、あそこに蠢く鉄の塊。」
リナは遠く、機械兵団の黒煙が燻る地平線を見据えるように視線を投げた。
「機械兵団を一機でも多く、確実に破壊するための『殺し方』だ。無知な者は死に、甘い者は食われる。私がここに立つのは、誰よりも効率よく敵を殲滅する証明に過ぎない。諸君、死にたくなければ研鑽に励め。……以上だ。」
拍手さえも躊躇われるような、あまりに実戦的な演説。
それは、魔法を「芸術」や「地位」と考えていた、多くの新入生を黙らせるには十分な冷徹な宣戦布告だった。
式典が終わり、成績ごとにクラスが発表される。
僕が配属されたのは、最低評価のFクラス。
しかし、会場の視線は僕に集中していた。
「おい、見ろよ。あいつだろ? 第四魔法騎士団長の推薦で入ったっていう『ドブネズミ』は……」
「筆記は白紙に近いって噂だぜ。よく恥ずかしげもなくここにいられるな。魔法学園の汚点だ」
「推薦状さえあれば、無能でも門をくぐれるってわけか。反吐が出る」
ひそひそという囁き声が、冷たい風のように僕の肌を刺す。
その後の同級生懇親会でも、僕は完全に孤立していた。
色とりどりの果実や料理が並ぶ中、貴族階級の生徒たちは僕を透明人間のように扱い、あからさまに避けていく。
「……目障りだ。あっちへ行けよ」
料理を取ろうと手を伸ばすと、ほかの生徒が顔をしかめて言い放った。
「推薦枠で潜り込んだ奴と同じ空気は吸いたくないんだ。身の程をわきまえたらどうだ?」
周囲から冷笑が漏れる。
僕は何も答えず、ただ静かにその場を離れた。慣れている。
故郷を失い、復讐だけを胸に生きてきた僕にとって、こんな言葉は、ただのノイズに過ぎない。
「ねえねえ、君! 浮かない顔してどうしたの?」
不意に声をかけてきたのは、ふわりと宙に浮く羽根を持つ、フェアリーの女の子だった。
「フェイ・ゼファーよ。風魔法と精神操作が得意なんだ。ねえ、一緒に話そうよ!」
元気いっぱいだが、どこかおっとりとした喋り方の彼女の後ろから、さらに四人の影が続いた。
「おいフェイ、あまり困らせるな。俺はガルス・アイアンフット。ドワーフだが、見ての通りこの体格だ。よろしくな」
ドワーフにしては背の高い、リーダー気質の少年が大きな手を差し伸べる。
「……シエル・グラキエス。悪魔族。氷を使う。……君、面白い匂いがするね。いたずらし甲斐がありそう。……ふふっ。」
クールで無表情な悪魔の少女が、僕の顔を覗き込み、ニヤリといたずらっぽく笑った。意外といたずら好きらしく、僕の反応を楽しんでいるようだ。
「…………ミア。ミア・ソングベル。」
猫獣人の少女は、無口に一言だけ名乗ると、自分の尻尾をいじりながら小さく会釈した。
彼女が口ずさむ鼻歌には、魔力を増幅させる「狂歌」の響きがあった。
「俺はゼノ・ヴォルテール。竜人だ。戦略なら任せろ。……ところで、学食のメニューはもう見たか? ここの学食無料らしいぞ! ここに並ぶ料理もうまいし、期待できそうだぞ!」
雷魔法を操る竜人の少年は、不敵に笑いながら腹を鳴らした。少し毒舌だが、仲間を思う気概が感じられた。
「僕はティア、ティア・アドラス。家族の復讐を果たすために入学したエルフと竜人のハーフだよ。」
僕が素直に境遇を明かすと、五人の空気が一瞬で変わった。
「えっ……家族、殺されちゃったの……? そんなの、そんなの悲しすぎるよぉ……っ」
フェイはよほど感受性が強いのか、自分のことのように大粒の涙をこぼして泣き始めた。
それを見て、僕の胸の奥もずきずきと疼いた。
「おいフェイ、泣きすぎだ……。だがティア、辛かったな。お前がそんな覚悟でここに来たなら、俺らも半端なことは言わねえ」
ゼノが真剣な瞳で僕の肩に手を置いた。
「同じ竜人の血を引く者として、何かあったら俺、いや、俺らを頼れ。お前の戦いは、もうお前一人だけのものじゃねえぞ」
「……ありがとう。ゼノ、みんな。」
周囲の蔑むような視線が、今はもう遠く感じる。
僕たちは不思議と意気投合し、学園の伝統である『六人一組』を組むことを決めた。
「ふん、ゴミ溜めには丁度いい集まりだな。」
そこに現れたのは、試験会場で僕に威圧してきた、あの大柄の貴族の少年と。その取り巻きたちだった。
「選ばれし貴族の学園に、どこの馬の骨とも知れぬ奴らが群れて何をする? 推薦という名の不正で入った奴が、この学園の品位を落とすんだよ。……なあ、アドラス?」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる彼に対し、言い返そうと一歩前へ出た僕を、ガルスが分厚い手で制した。
「おい、そこまでにしとけ。悪いが、こいつはもう俺たちの仲間だ。俺たちの仲間に泥を塗るってんなら、俺が黙っちゃいねえぞ」
ガルスはどっしりと構え、低い声で威圧し返した。
「そうよ! フェイが相手になってやるわ! フェイが風でびゅーびゅー飛ばしてあげようか?」
「私が凍てつく氷で、その汚い口を塞いであげよう。」
シエルは感情の読めない瞳で少年を見据え、指先から冷気を漏らした。
「…………ミア、あなた嫌い。ミアの歌は、あなたには聴かせない。」
尻尾を逆立てて僕の背後に隠れるように寄り添った。
「あーあ、可哀想にな。お前ら、自分の墓穴を掘ってる自覚はあるか? 俺の戦略は、お前らみたいな無能を圧倒するためにあるんだ。せいぜい今のうちに、美味しいものでも食べておくんだな。」
ゼノは不敵な笑みを浮かべ、バチバチと角で雷を弾かせた。
仲間たちの頼もしい言葉に、胸の奥が少しずつ、だが確実に熱くなるのを感じた。
「いいだろう。そこまで言うなら……夏に行われる『新入生魔法大会』で勝負だ。俺たちが勝ったら、お前ら全員、汚い身なりをまとめて学園を去れ。」
「面白い。もし俺たちが勝ったら、お前のその尊大な態度を改めてもらう。……何でも言うことを聞いてもらうからな。」
ガルスが力強く宣言し、火花を散らすような視線が交差した。
「決まりだ。この俺、ガルスが率いるチームは最強だ。覚えておけ!」
なぜかガルスが当然のようにリーダーを名乗っている。
だが、今の言葉でチームの心が一つになったのは間違いいない。
彼以上にリーダーに相応しい人はいないので、ここは任せることにしよう。
その後、同級生懇親会では、学園のカリキュラムや新入生による夏の魔法大会についての説明が行われ、式自体はすべてお開きとなった。
僕は一度学園を離れ、第四魔法騎士団の宿舎へと向かった。
合格の報告と、引っ越しの挨拶のためだ。
「ほう、合格したか。当然だな、私が『推薦』したのだからな。落ちるなどという無様な真似、この私が許すはずもないだろう?」
執務室の重厚な椅子に腰掛けたエリシアは、紫がかった白銀の髪を指先で弄びながら、満足そうに微笑んだ。
その瞳には、か弱いものを愛でるような妖艶な光が宿っている。
「その節は、本当にありがとうございました。おかげで、一歩踏み出した成果です。」
「感謝などいい。ティア、寮に入ったからといって私から逃げられると思うなよ? 時々はここへ戻ってきなさい。君の体は私が直々に、それこそ、隅々まで鍛えてあげる。いいわね?」
逃げ場を塞ぐような、一途で重い視線。
僕はその圧力に気圧され、ただ頷くことしかできなかった。
傍らに立つ副団長のアルスが、「また団長の悪い癖が始まったか。せいぜい頑張れよ」と言いたげな同情の視線を送っているのが分かり、僕は少しだけ頬を引き攣らせた。
「では、失礼します。アルスさんも、ありがとうございました。」
宿舎を後にした僕は、門の前で一度立ち止まった。
振り返り、エリシアのいる執務室の窓に向かって深く頭を下げる。
「エリシアさん……本当に、ありがとうございました。」
復讐を誓う僕に、剣と魔法を振るうための「場所」をくれた。
その恩義だけは、忘れてはならない。
僕は決意を新たに、支給された学生寮へと足を向けた。
「彼は無事卒業し、人体改造魔法を受けられるでしょうか?」
第四魔法騎士団の執務室で、アルスは神妙な面持ちで尋ねた。
「正直難しいだろう。たとえ成績上位者になれたとしても、適合率の低いあの改造魔法は……あまりにも過酷すぎる。」
「ふぉっふぉ、相変わらず先行投資が好きじゃな、おぬしは。」
不意に、部屋の隅の空間が揺らぎ、長年蓄えた見事な髭を揺らす一人の老人が現れた。
「がっ、学園長……! ご無沙汰しております。」
アルスが慌てて敬礼する。現れたのは、エスニア魔法学園の頂点に立つ老人だった。
「おぬしも相変わらず他人行儀じゃな、アルスよ。」
「学園長、どういったご用件でしょうか?」
エリシアは動じることなく、優雅に椅子に深く腰掛けた。
学園長は亜空間から、エリシアの推薦状をひらりと取り出した。
「おぬしがこれを書いたのに驚いてな。おぬしの真意を聞きたかったんじゃ。」
学園長の鋭い視線がエリシアを射抜く。
それは、学園の運営という重責を担う者特有の、すべてを見透かすような眼差しだった。
「真意、ですか。……あの少年が持つ『復讐の熱』。あれは機械兵団の鉄を溶かすには十分すぎるほどに純粋だった。それだけのことですよ。」
「復讐に身を焦がす若者を、あえて地獄へ放り込むか。……ふぉっふぉ、やはりおぬしは容赦がないのう。」
学園長は推薦状をエリシアに返すと、小さく笑った。
「その少年の運命、学園として預かることとしよう。……ただし、万が一のことがあっても知らんぞ。」
エリシアは静かに微笑み、窓の外に広がる学園の景色を見つめた。
その視線の先で、ティアはこれから始まる苛烈な運命も知らず、支給された寮へと向かっていた。
僕は学生寮に到着し、支給された鍵を鍵穴に差し込んだ。
「302号室……ここか。」
少し緊張しながら、扉を開ける。
「ん、アイラ? 先に来ちゃったから、こっち側のベッドは私が……って、えっ、何で男がここに!?」
部屋の中にいたのは、あの首席のリナだった。
彼女はちょうど制服に着替えようとシャツを脱ぎかけた姿で、そこには、男装では隠しきれない、柔らかな女の子としての膨らみがあった。
「な、女の子……だったのか……?」
「み、見るなバカぁぁぁ!!」
リナは顔を真っ赤に茹で上げ、近くにあった魔法杖を僕に向かって全力で投げてきた。
「わわっ!?」
間一髪でそれを避け、僕は慌てて背を向ける。
「ご、ごめん! 悪気はなかったんだ! でもここは僕の割り当てられた部屋のはずで……ほら、これを見てくれ!」
僕は背を向けたまま、廊下へ突き出すように鍵と書類を差し出した。
リナは自分が女の子であることを隠して入学していた。
何か深い理由があるようだが、もし今ここで部屋の変更を申し出れば、「男として」別の男子生徒と相部屋になるリスクがある。
「まあ、あんたなら、事情も知られたし……他よりは害がなさそうね。いいわ、今のことを内密にするなら、ここに置いてあげる。感謝してよね!」
鋭い視線で僕を睨みつけた。
こうして、泣く泣く相部屋を認めた彼女だったが、そこへ慌てた様子の生徒会長がやってきた。
「すまない、事務方の手違いだ! Sクラスの貴族であるリナさんを、Fクラスのティア君と同室にしてしまうなんて。すぐにSクラスの男子生徒の部屋へ移そう。さあ、荷物をまとめて。」
「い、いえ! 結構です!!」
リナは慌てて胸を隠し、叫ぶように遮った。
移動した先も男なのだとしたら、すでに正体を知られてしまった僕との方が、まだ安全だと判断したのだろう。
「このままでいいんです。……この、ティアは信頼できる『友人』ですから。ねっ!?」
「えっ、あ、うん。……そうです。」
リナの必死な目配せに、僕は驚きつつも話を合わせた。
「なんと、お知り合いだったのですか。それならば話は早い。このまま同室ということで受理しておきましょう」
生徒会長は納得したように頷いた。
「ちなみに会長。アイラ……アイラ・ミスリードはどうしていますでしょうか?」
リナが不安げに尋ねると、会長は名簿をめくった。
「アイラ君……? ええと、残念ながら不合格のようです。」
「ええーっ! なんでよ! 私の唯一の協力者が落とされるなんて……これからどうすればいいのよ……」
リナはガックリと肩を落とした。
「とにかく、ティア君。リナさんは高貴なエルフの御方だ。決して無礼の無いように励みたまえ」
会長が去った後、部屋には気まずい沈黙が流れた。
こうして、僕の波乱に満ちた学園生活が始まった。
復讐への道は遠いが、僕の隣には頼める仲間と、秘密を共有する特別な相棒ができた。




