復讐者はその名を刻む(アヴェンジャー・レジスト)
エリシアとの契約から数日。
僕は第四魔法騎士団の宿舎で、試験に必要な最低限の準備を整えさせられた。
用意されたのは、華美ではないが質の良い、深い紺色の学生用礼服。
若い騎士は副団長で、名前はアルスといい、彼が「団長の趣味だ」と苦笑しながら持ってきた。
それは、少し痩せている僕の体に驚くほど馴染んだ。
試験当日。
アルスに伴われ、僕はついにエスニア魔法学園の門をくぐった。
「それでは俺はこれで失礼する。せいぜい頑張ることだ。」
副団長であるアルスは、それだけ言い残すと颯爽と去っていった。
一人残された僕は中に入ると、そこにはすでに大勢の受験生が詰めかけていた。
一目でそれと分かる仕立ての良い服を纏った王侯貴族の子弟たち。
その中にあって、後ろ盾のなさそうな僕の存在は、嫌でも浮いていた。
「おい、見ろよ。あんな貧相なガキが紛れ込んでるぞ。」
「どこかの没落貴族か? それとも、裏口から迷い込んだドブネズミか?」
周囲がざわつき、冷ややかな視線が突き刺さる。
一人の大柄な貴族の少年が、取り巻きを引き連れて僕の前に立ちふさがった。
「おい、ここは選ばれし者が集う場所だ。服はよいものを用意したみたいだが、お前のような身分の知れない奴がいていい場所じゃない。怪我をしないうちに、さっさと汚い故郷へ帰れ!」
彼は威圧するように、手の平で小さな光弾を弄んでいる。
僕は黙って彼を見つめ返した。
復讐という地獄を見てきた僕にとって、子供の遊びのような脅しなど、風に吹かれる羽毛よりも軽い。
「……どいてくれ。受付が閉まる。」
「なんだと……?」
少年が逆上し、光弾を僕に放とうとした瞬間。
僕は、無意識に右手を伸ばしていた。
術式も詠唱も介さない。
ただ、胸の奥で燻る憎悪を形にするだけでいい。
僕の指先から、陽炎のような、だが密度の高い紅炎が揺らめいた。
それだけで、周囲の気温が数度跳ね上がる。
少年は悲鳴を上げて尻もちをつき、光弾は霧散した。
「焼かれたくなければ道を開けろ。」
短く告げると、道が割れるように開いた。
受付に辿り着いた僕は、エリシアから預かっていた封筒を差し出した。
「推薦状です。」
受付の魔導技師は、封筒に刻印された第四魔法騎士団の紋章を見た瞬間、椅子から転げ落ちそうになった。
「こ、これは……エリシア・フロンティア殿下の!? あの『氷の女王』が、推薦したことなんて、一度もなかったはずなのに……! どうぞ、こちらが試験会場になります!」
驚愕の視線を背に受けながら、僕は試験会場へと通された。
最初の試験は筆記テストだった。
だが、学問など学ぶ暇のなかった僕にとって、難解な魔法数式や歴史の問題は苦痛でしかなかった。
結果は、見るまでもなく悲惨なものだろう。
続く適性検査。
魔導水晶に手を触れ、内包する魔力量を測定する。
「魔力量……平均以下。いや、下級魔法使い並みだな」
試験官が鼻で笑い、記録用紙に無慈悲な数字を書き込む。
しかし、その後の実技試験で、会場の空気は一変した。
「魔法を披露しろ。標的に当てるだけでいい。なお、標的の破壊度が評価対象だ。」
標的は前線で破壊された機械兵団の残骸だった。
試験官の指示に従い、僕は右手をかざした。
魔力量は少ない。
だが、僕の体には、あの日浴びた機械兵団の熱線と、焼き尽くされた故郷の記憶が刻まれている。
放たれたのは、細く、だが鋼をも貫くほどの超高温の火炎だった。
「炎魔法、紅炎の一槍。」
標的の機械の残骸は瞬時に溶け落ち、会場には溶けた金属の匂いが立ち込める。
「……なんだ、今の威力は。この受験生の魔力量と計算が合わんぞ。彼はいったい...。」
周りの受験生たちも口々に彼について話していた。
「とんでもない魔法を使いやがるあいつ。」
「何もんなんだあいつ。」
「きっとずるしてるのよ。」
ざわつく試験官たちを置き去りにし、僕は最後の面談室へと向かった。
重厚な机の向こう側で、三人の面接官が僕を品定めするように見つめている。
「君、名前は?」
「ティア ・アドラスです。」
初めて口にした自分の名は、静かな部屋に響いた。
「ティア君か。君の筆記成績は最悪だ。だが、推薦状とあの実技の破壊力は無視できない。……それで、君がこの学園を志す理由は何だ? 魔法の真理を究め、王国の繁栄に寄与するためか? それとも戦場に踏み入れ、王国を敵から守る盾になるためか?」
「半分あっていて、半分違います。」
僕は迷いなく答えた。
「では、なんなのかね?」
「僕は、力を手に入れたい。人体改造魔法を受け、機械兵団を残らず破壊するためにここへ来ました。そのためなら、この姿を捨てても構いません。」
面接官たちの顔が険しくなった。
「ティア君、君はなにか勘違いしているようだが、人体改造魔法は誰もが受けられるものではない。それは学園を優秀な成績で卒業した者が、さらに『兵器』としての適性を見出された時のみ許される禁忌だ。君のように、ただの殺戮の手段として望む者に、学問の門戸は開かれていない。」
彼らの目は、僕を「危険分子」として見ていた。
「本来なら、ここで不合格を言い渡すところだが、推薦状の重さと、君の特異な魔力を考慮し、入学を許可する。」
一人の面接官が、僕の推薦状を手に苦々しげに告げた。
「ただし、君が望む『地獄』へ辿り着けるかどうかは、君の成績次第だ。精々、周りのエリートたちに食い殺されないよう気をつけるんだな。」
「わかりました。ありがとうございます。」
僕は深く一礼し、部屋を出た。
ティア ・アドラス。それが僕の名だ。
今日、この場所にその名を刻んだ。
そしていつか、機械の残骸が積み上がる戦場の頂で、その名を刻むために。




