復讐の対価と、白銀の契約(シルバー・コンタクト)
アルトラ歴422年。
僕は、家族の復讐を果たすため、このエスニア魔法学園へ入学すると決めた。
懐から、何度も折り畳まれ、角が擦り切れた一枚の紙を取り出す。
それは、瓦礫の中から拾い上げた、古びたエスニア魔法学園の生徒募集紙だった。
焦げ跡が残り、血の滲んだその紙には、『人体改造魔法』という禁断の魔法について記されていた。
故郷に代々伝わる唯一の秘宝を首に提げ、瓦礫の山と化した愛する地を背に、僕は歩き出す。
機械兵団の残骸が不気味に横たわる不毛の荒野を、擦り切れてボロボロになった靴で、ただひたすら前へと踏み締めた。
そして、ついにエスニア魔法王国へと辿り着いた。
そこは、国民の誰もが呼吸をするように魔法を使い、生活を営む国。
魔法具を用いた交通網が縦横に走り、天を突く建物にも至る所に魔法の術式が組み込まれている。
まさに魔法を極める者に相応しい、眩いほどの文明の都。
だが、その輝きが強ければ強いほど、僕が背負ってきた故郷の暗闇が、より深く胸に突き刺さるようだった。
巨大な王国の城壁をくぐるには、門兵に身分証を提示しなければならない。
だが、僕の手元には何もなかった。
故郷は焼き払われ、家系を証明する証書も、自身の身分を明かす札も、すべて灰の中だ。
門の前には長蛇の列ができており、僕は最後尾に並んだ。
順調に通過していく商人の列とは対照的に、僕のような身なりの者たちは、次々と無慈悲に追い払われていった。
ついに僕の番が回ってきた。
門兵は僕のボロボロの靴から顔へと視線を這わせ、その表情を氷のように冷え切らせた。
「身分証は?」
「......ありません。」
短く答えると、周囲の人たちからクスクスと失笑が漏れた。
門兵は呆れたように肩をすくめ、僕を列から弾き出そうと手を伸ばす。
その時、僕の首元で鈍く光る『秘宝』が、門兵の目を射抜いた。
「......待て、これはいったい何だ。どこで手に入れた。」
「僕の故郷に伝わるものです。詳しいことは分かりません。」
門兵は「ここで待て」と言い残し、上官と思われる女性のもとへ走り、何やら耳打ちをした。
ほどなくして、近づいてきたその女性が、僕を値踏みするように見つめて言った。
「君。それは、ただの飾りには見えないわね。私の部下にあるところへ案内させる。」
彼女の部下が僕の隣に並び、低く、冷たい声で囁いた。
「さあ、ついてこい。……逃げ出そうなんて考えるなよ。」
軽い脅しとともに、僕は促されるまま歩き出した。
そんな僕の背中に向かって、先ほどの女性上官が、優雅な笑みを浮かべながら付け加えた。
「この人について行って。……もし逃げたりしたら、ひどい目にあうかもしれないから、気をつけてね?」
「逃げたりなんてしませんよ。」
僕はそれだけ言い残し、その場を後にした。
案内された場所は、第四魔法騎士団本部の一角にある、窓のない尋問室だった。
冷たい石壁と魔導灯の不気味な光が、逃げ場のない圧迫感を与えている。
しばらくすると、鋼の鎧を鳴らしながら、若く気高い騎士が入ってきた。
その男は机に僕の秘宝を無造作に放り出すと、射抜くような鋭い眼光を向けてきた。
「……お前が持っていたこの代物だが、鑑定の結果、機械兵団共が使う金属であると断定された。」
男の言葉とともに、部屋の空気が凍りつく。
「それも、ただの雑兵ではない。上位個体の装甲材と酷似している。これをどこで手に入れた。正直に答えろ。スパイか、それとも奴らの協力者か!」
僕は机に置かれた秘宝を見つめた。
それが憎むべき機械兵団の残骸の一部だと知った今、激しい吐き気と、それ以上に煮えたぎるような憎悪が胸を焼く。
「……違います。」
僕は、まっすぐに騎士を見つめ返す。
「それは僕の故郷に代々伝わる秘宝です。僕が小さい頃より両親に教えられ、みんなが崇めていました。それが、奴らの装甲と同じものだなんて……僕は、知りませんでした。」
僕は震える拳を机に叩きつけ、故郷が焼かれた日のことを語り始めた。
機械兵団の冷徹な殺戮、消えた家族、そして残された僕の孤独と復讐心。
騎士の鋭い眼光は、僕の話が進むにつれて少しずつ、その冷たさを失っていった。
話が終わると、尋問室には重い沈黙が流れた。
騎士はしばらくの間、僕の瞳を深く見つめていたが、やがて小さく溜息をつき、テーブルの上の秘宝を丁寧に僕の方へ押し戻した。
「……お前の話、そしてその燃え滾るような目、嘘を吐いているようには見えないな。」
騎士は無言のまま立ち上がり、「団長を呼んでくる」とだけ言い残して部屋を出て行った。
重い扉が閉まり、静寂が訪れる。
まもなく、再び扉が開かれた。
入ってきたのは、あの門で見かけた女性だった。
しかし、先ほどの簡素な制服とは異なり、団長にふさわしい白銀の刺繍が施された高潔な礼服を纏っている。
「……もしかして、あなたが」
彼女は僕の問いに、優雅な笑みを浮かべて答えた。
「そう。第四魔法騎士団団長、エリシア・フロンティア。……今日から、私があなたの『主』よ」
「主……?」
突然の言葉に僕が戸惑うと、エリシアは氷のように冷たい、だが確信に満ちた口調で続けた。
「君、エスニア魔法学園に入りたいんでしょ? だけど身分もなく、後ろ盾もないただの孤児に、あの門をくぐる権利なんてあるはずがないわ。」
エリシアは、まるで獲物を品定めするように、僕をじっと見つめた。
「だから取引をしましょう。君を『私の推薦枠』に入れてあげる。今まで推薦したことはないけど、面白いからしてあげる。そこには、王侯貴族の子弟たちですら喉から手が出るほど欲しい特権が詰まっているわ。」
彼女は机の上に、豪華な紋章が押された一通の封筒を滑らせた。
「ただし条件よ。君が学園で手にする『成果』。人体改造魔法によって得た力や、そこで得たあらゆるものは、私たち第四魔法騎士団のものになる。君の復讐心を利用する代わりに、私は君を『兵器』として育て上げてあげる。」
「学園への推薦で卒業後は、第四魔法騎士団が僕を管理するということか?」
「そうよ。君は私の『所有物』として、一番輝ける戦場へ送ってあげるわ。」
エリシアの瞳には、慈悲など微塵もなかった。
あるのは、復讐という火種を抱えた少年に賭ける、残酷なまでの期待だけだった。




