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オズの十戒  作者: きのみや
真島文美編
36/41

35 なんで制服?


 都立桜倫高等学校。


 オズに来る前の(めぐる)が四月の間だけ通っていた、公立の共学校だ。


 在籍していたのはわずかな期間だが、廻にとっては生涯忘れ得ない経験をした大切な場所だといっていい。


 桜倫高校で過ごしたあの日々がなければ、いまの廻はきっと存在しないのだから。


「ひめちゃーん!」

 

 一ヵ月と少し前まで廻も使っていた正門の、学校の名が刻まれた柱の前で、ショートカットの一人の少女が手を振っていた。


 その姿を見た廻の隣にいる金髪の少女──蝶野ひめは、ぱっと太陽のような笑みを浮かべて相手のもとへ勢いよく駆け出した。


 合流した少女たちはがしりと手を握り合い、ほとんど抱き合うような体勢で嬉しそうにはしゃぎ始める。


「明日香~! 久々! 元気だった?」

「私は超元気! ひめちゃんは? 最近あんまり連絡できてなかったから寂しかったよ〜」

「ごめんごめん、高等部に上がった途端けっこう忙しくなってさぁ。でも元気だよ。今日は誘ってくれてありがとね」

「お姉ちゃんもひめちゃんに会いたがってたから。──あ、ごめんなさい。ひめちゃんのお友達ですよね」


 蝶野に注がれていた少女の視線が、後ろにいる廻たちの方に向いた。


「山根明日香です。ひめちゃんとは小学校のときからの友達で、中学からは別々になっちゃったけど、いまでもこうして偶に会ってて。今日はみなさんに会えて嬉しいです!」


 肩より短い黒髪をふわりと揺らして少女は笑う。


 元気を絵に描いたような明るい笑顔と、初対面の相手にも物怖じしない積極的な態度が、いかにも蝶野の友人らしいと廻は思った。


「小津佐廻です。今日はよろしくお願いします」

「あ、もしかしてひめちゃんが言ってた自称風紀委員のおもしろ天然マジメ編入生くんってあなたのことですか!?」

「えっ」

「そうだよ~ めっちゃ真面目な感じするでしょ? んで、こっちが阿夜っち。御三家の超絶ハイパーウルトラぼっちお嬢様」

「……」

「こっちがルクスっちね」

「超絶天才エセ紳士のイケメン王子? わ~ ほんとにかっこいいね」


 酷い言われようである。


 彼女たちの様子を見るに悪口を言っているつもりはなさそうなので、気にする必要はないのかもしれないが。


 自分の隣で真顔のまま蝶野たちを見る黒髪の少女に、廻は一応フォローを入れることにした。


「大丈夫だよ阿夜さん。蝶野さんの言う超絶ハイパーウルトラは、たぶんだけどお嬢様の方にかかってるんじゃないかな」

「……」

「いや、確実にぼっちの方にかかってるだろ」

「エセ紳士は黙ってて」

「け、喧嘩しないで……!」


 バチリと険悪な空気が流れ始めた二人──今回の同行者である撫子とルクスの間で廻は慌てる。


 そんな三人を見て蝶野はけらけらと笑っていた。確信犯ではないと信じたい。


「みんな魔法使いなんだよね。すごいなぁ」

「しかも三人ともめちゃくちゃ優秀でさぁ。すごい魔法を使うんだよ。見せてあげられないのが残念なくらい」

「学校の外で魔法を使うのは禁止されてるんだもんね。しかたないよ。オズ生を間近で見られるだけでテンション上がるし!」


 明日香はそう言って廻たちのまわりをぐるぐると回った。


 ふむふむ、とどこか興奮気味な様子で三人の姿を凝視する少女。

 すんとして動じない撫子とルクスとは対照的に、廻は戸惑いを隠せない。


「休みの日なのになんで制服? とは思ったけど、明日香が喜んでるならよかったわ」

「ああ、オズの制服が珍しいのか……」


 蝶野の言葉に廻は納得した。

 廻と撫子が羽織っている紺色のローブは、たしかに普通の学校で制服として着ることはない代物だろう。


 オズ魔法学園は、日本における唯一の魔法使い養成機関だ。


 魔法という非現実的な代物が世間に受け入れられるようになった現代でも、その使い手が珍しい存在であることに変わりはない。


 魔法使いの友達をたくさん連れてきてほしい、と蝶野が頼まれた理由がわかった気がした。


 生まれたときから魔法とともに命が在った廻としては、新鮮な感覚だが。

 御三家の跡取りである撫子や、魔女の家で育ったルクスも似たようなものかもしれない。


 ちなみに廻が制服で来たのは、演奏会に相応しいそれ以外の服装が思いつかなかったからである。


 両肩が出るシャツに短いスカートを合わせたラフな格好の蝶野を見るに、その心配は必要なかったのかもしれないが。


「ルクスくんのもオズの制服?」

「男子の正装だよ。入学式とかで着るやつ。ルクスっちは基本ローブ羽織んないよね」

「ふん」

「これはこれですらっとしててカッコいいと思いますよ! ──あ、ちょっと待って。お姉ちゃんから電話きた」


 ぶるりと震えた自分のポケットからスマートフォンを取り出し、画面に表示された発信主の名前を見て明日香が言う。


 はーい、と着信に応じた少女は、相手と一言二言会話をして電話を切り、廻たちの方を見てにこりと笑った。


「席取ってあるから入ったら連絡してだって。開演までまだ時間あるけどもう行こっか」


 明日香の言葉に頷いた廻たちは、彼女のあとに続いて演奏会が行われる体育館の方へ向かった。


 廻も何度か足を踏み入れたことのある体育館の入り口には、「桜倫高校吹奏楽部 第四十三回定期演奏会」と書かれた立て看板が設置されており、館内の奥からは時折チューニングをしているらしい楽器の音が控えめに流れてきている。


 他の来場客たちもすでに入り始めているようだ。


 オズの生徒がやはり珍しいのだろう。

 すれ違う人々が自分たちに向ける視線に廻は少し戸惑ったが、蝶野や撫子、ルクスはまったく気にしていないようだった。


「明日香! ひめちゃんも」


 体育館の裏側の方から走ってくる生徒がいた。

 ポニーテールの黒髪の少女だった。


「お姉ちゃん」

「優香ちゃん! おひさ〜」

「ひめちゃん久しぶり。今日は来てくれてありがとね」


 彼女が明日香の姉、蝶野が言っていた桜倫高校吹奏楽部の一員なのだろう。


 妹と顔がよく似ている、と廻は思った。明朗な雰囲気もそっくりだ。

 

「こちらこそ誘ってくれてマジ感謝だから。超楽しみにしてたよ」

「ふふ、期待してて。──えっと、五人でいいんだよね? 関係者席取ってあるから」


 蝶野の後ろにいる廻たちに親しみやすい笑顔を向ける優香。

 その明るい歓迎をありがたく思う一方で、廻にはひとつ気になることがあった。


 優香の格好だ。


 桜倫高校の制服姿であることにまちがいはないのだが、スカートの丈がどうにも短い。


 淡い桃色のカーディガンを腰に巻いており、靴下の色は黒、履いているのはスニーカーだ。


 大体にして、彼女は現れたときからその右手にスマートフォンを握っていた。先程まで妹と連絡を取っていたのだから、当然といえば当然なのだが。


(校則違反のオンパレード……!)


 これは注意した方がいいのだろうか。


 いや、もう自分はこの学校の生徒ではないのだからそれもおかしな話だろう。

 廻が知らなかっただけで、休日あるいは部活動の間は適用されない校則なのかもしれない。


 頭を抱えてぐるぐると悩み始める廻。


 そんな自分を撫子とルクスがじっと見ていることには気づいていたが、この葛藤を伝えれば呆れられてしまうにちがいない。


 わかっている。わかっているのだ。

 部外者の自分が口を挟むのはお門違いだということは。


 わかってはいるのだが。


「──校則その二、服装既定。スカートの丈は膝下。ソックスは白、カーディガンは黒か茶系統以外のものは着用禁止よ」


 背後から響いた声に廻ははっとした。


 撫子やルクス、蝶野や明日香も驚いたように目を見開き、その声が聞こえた方に視線を向ける。

 

 優香だけが顔を引き攣らせ、ひくりと端を上げた口から狼狽したような声をもらした。


「げ、文美(あやみ)


 現れたのは、眼鏡をかけた少女だった。


 皺のない桜倫のセーラー服に身を包み、二つに分けた黒髪を頭の後ろで三つ編みにしている。


 本人の言葉のとおりスカートの丈は膝より長く、その下に覗く靴下の色は白かった。


「着崩しは認めない。スニーカーを履いていいのは登下校時のみ。それ以外のときは指定の上履きかローファーが原則でしょう」

「う……」

「校内でのスマートフォンの使用も禁止。休日に持ち込んだ場合は、一階事務室の教師に下校するときまで預けておくこと」


 優香の校則違反を淡々と指摘する少女の登場に、一同は唖然とする。


 そんな中、廻だけが驚きと喜びがないまぜになったような気持ちで相手の顔を見つめていた。


「真島先輩……!」


 思わず声をこぼした廻に、三つ編みの少女が視線を移す。


「──小津佐くん?」

 

  眼鏡の下の黒い目がゆっくりと見開かれた。


 向かい合う廻と少女。


 彼女と初めて会った頃よりもいくらかぬるさを増した風が、体育館傍の木々を微かに揺らした。


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