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オズの十戒  作者: きのみや
授業(魔法の鏡)編
33/41

32 脚色が入ってるかも


 魔法の鏡(マジック・シアター)


 その名のとおり鏡の見た目をしているが、大きさや形は使用者である卑弥呼によって自由に変化させることが可能だという。


 鏡なんていかにも魔女っぽいでしょ、という出会ったばかりの頃に聞いた卑弥呼の言葉を、(めぐる)はいまでも覚えている。


「なんでも映す、魔法の鏡……?」

「そう。たとえばこんな感じ」

 

 ぱちん、と卑弥呼が再び右手の指を鳴らす。


 するとテレビの画面が切り替わるように鏡面の色が変化し、次の瞬間には映像のようなものが流れ始めた。


 そこに映っていたのは一人の少女だった。


 長い黒髪をおさげにした真面目そうな彼女は、その目の前に置かれた茶色い壺に両手をかざして何かをぶつぶつと呟いている。


 紺色のローブを纏っているところを見るに、この学園の生徒のようだが。


「だれだ?」

「見たことない子だね」

「おい、壺になんか入れられてんぞ」


 前から伸びただれかの手が、壺の中に何かを入れた。


 慌てる少女。ぼふん、と激しい音がして壺から煙が噴出する。


 煙を浴びた少女の顔は緑に変色し、頭には化け物のような角まで生え出していた。


 ぷるぷると震える少女が画面を睨む。先生! と叫ぶ声にはたしかな怒りが込められていた。


「なんの映像だ……?」

「魔法薬の生成に失敗したっぽかったけど……」

「あれは昔のしず子よ。箭田(やた)しず子。壺の中に別の魔法薬を混ぜたのは私ね」

「しず子……って、学園長!?」


 元教え子なの、と笑う卑弥呼。生徒たちの間にどよめきが起こる。


「これはあの子が高等部一年のときの記憶ね〜 魔法薬学の授業で苦戦してたからちょっとしたイタズ……手伝いをしてあげたの」

「学園長ってたしかいま五十四歳だったよな。……ということは三十八年前か。四十過ぎの教師が生徒に悪戯かよ」


 呆れたようにルクスが呟く。

 その声が聞こえた廻は内心で頷いた。卑弥呼のお茶目な性格は昔から変わっていないようだ。


「みんな、いまの映像を観てどう思った?」

「どうって……」

「若い学園長かわいいなとか」

「新羅先生って昔からそんな感じだったんだなとか……」


 苦笑いを浮かべた生徒たちが次々と卑弥呼の質問に答える中、静かに手を上げた敷波がどこか神妙な様子で口を開いた。


「とても鮮明です。高性能のビデオカメラで撮った映像としか思えない。けど……先生は先程これを“記憶”だと仰いました」

 

 敷波の言葉に卑弥呼が微笑む。

 続けて、と目線だけで相手に促す卑弥呼の様子は、いかにも教師らしいものだった。


「この映像自体が先生の投影魔法ということですよね。……感服いたしました。四十年前の記憶をこれほど正確に投影するなんて、並大抵の魔法使いには不可能です」

「正確かはわからないけどね。私の脚色が入ってるかも。角だけじゃなくて尻尾も生えてたような気がするし……」

「いやいや、そんなことより! もしかして……俺たちも似たようなことやらされんのか!?」


 猿飛がぎょっとしたように声を上げる。

 そういうこと、と愉しげに頷いた卑弥呼は、指を鳴らしてさらなる魔法を展開させた。


 それは教室にいる生徒たち全員の机の上に現れた。


 黒板の前に浮かんでいるものをコンパクトにしたような、一見するとタブレット端末のようでもある──魔法の鏡だ。


 廻が所属するA組の生徒は全部で二十五名。つまり卑弥呼は、合計二十五個の小さな鏡を魔法で出現させたのだ。


「ミニ・魔法の鏡(マジック・シアター)。私の魔力が込められた鏡を一時的にみんなに貸すわ。──そこに自分の記憶を映像として投影させること。それが今日の授業の課題よ」


 マジかよ、という猿飛の呟きを廻は聞いた。


 ただでさえ難度の高い投影魔法で、画像でも文字でもなく映像を出力させる。

 繊細な魔力の操作が苦手な者にとっては、なかなかにハードルの高い課題だろう。


「お題は、()()()()()()()


 これまでよりいくらか真面目な声のトーンで卑弥呼は言う。


「三歳、四歳……人によっては赤ちゃんの頃でもいいわ。あなたたちの中にある一番古い記憶をこの鏡に投影させて。曖昧でも、無意識の改竄が入っていてもかまわない。人間の記憶力なんてそんなものだからね。さすがに一から捏造するのはやめてほしいけど」

「ちょっと待ってください」


 卑弥呼の言葉に意見を示す者がいた。

 委員長の敷波だった。

 

「それだと評価はどうなるのでしょうか。たとえどれだけ鮮明でわかりやすい映像を投影したとしても、それが捏造でない証拠は本人の頭の中にしかない。先生の課題に正確に応えているか判断できないのではないでしょうか」


 明確な評価基準がないのでは、と敷波は主張した。


 彼女の言うとおり、投影させる記憶は本人の中にしかない。普段の投影魔法の授業で行う、指定された文字や画像を正確に映し出す作業とはわけがちがう。


「いわゆる美術の授業と同じだというならわかりますが。正解はない。与えられたテーマに沿って自分のセンスを示すだけ。それなら──」

「正解ならあるわよ」


 卑弥呼の返しに敷波が口を閉ざす。

 そんな少女を静かに見つめ、卑弥呼はふっと妖艶に口角を上げた。


「言ったでしょ? ()()()()()()って」


 卑弥呼の視線が敷波の前の小さな鏡に向く。

 ぴく、と敷波の肩がわずかに揺れたのが廻の席からも見てとれた。


「自由に映像をつくってもらうだけならその鏡を渡す必要はない。私の魔法の鏡(マジック・シアター)はどんなものでも映し出すの。私自身だけじゃなく──他人(あなたたち)の記憶だってね」


 教室中が驚きに包まれる中、それはそうだろうと廻は思う。


 固有魔法は、その魔法使いにしか使用できないと現時点で協会が認める唯一無二の特殊な魔法だ。


 卑弥呼の魔法の鏡(マジック・シアター)は、あらゆる地点の過去や現在の様子、生物の体内や脳内など、文字どおり()()()()映し出すことができる。


 相手の実力が自分よりも上の場合は通用しないと卑弥呼は言うが、彼女ほどの魔女であれば大抵の人間の脳内を覗くことが可能だろう。


「その鏡に投影すれば、あなたたちの頭にある映像と実際に出力させた映像が一致してるか確かめることができるのよ。録画機能もついてるから、何回か挑戦して一番よくできたものを提出することも可能で~す」

「高性能すぎる……!」

「というかちょっと待て、それって俺らの頭ん中が先生には筒抜けってことか……!?」

 

 ざわつく生徒たちの反応を受け、卑弥呼は笑顔で肩をすくめる。


「さすがに勝手に覗いたりはしないわよ。今回だって一番古い記憶ってお題ならそうそう恥ずかしいことにはならないでしょ? それとも青春っぽく『初恋の記憶』とかにしとく?」

「絶対やだ」

「セクハラです」

「青春イコール恋愛みたいな感覚も古いし……」

「やっぱり八十一歳なんだな」

「あら~ 辛辣」


 ジェネレーションギャップね、と笑う卑弥呼はどこまでも愉快そうだ。


 ──と廻は一瞬思ったが、よく見ると彼女のこめかみはぴくぴくと動いていた。さすがの卑弥呼も一度に意見を否定されると複雑な気持ちになるらしい。


「……まあでも、一応プライバシーには考慮して映像の確認は別室で個別に行うから。──できた人から順番に持ってきて? あ、待ってる間は自習ね」


 気を取り直したように微笑み、ぱん、と大きく手を叩いて卑弥呼は言った。


 驚きや呆れ、困惑。


 さまざまな反応を示す生徒たちの中で、廻はただ苦笑して、教壇に立つ自分の保護者を顔を見ていた。


 

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