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オズの十戒  作者: きのみや
旧校舎編
29/41

28 ふつうに不祥事だろ



「音無……!?」


 猿飛が驚いたように声を上げる。

 

 ふあ、という大きな欠伸でその呼びかけに答えたのは、(めぐる)たちのよく知る男だった。


 ぼんやりとした黒い瞳に、寝ぐせのついた黒い髪の毛。だらしなく緩んだネクタイと、しわの寄った白いシャツ。


 上下揃いの黒いスーツに身を包んだ彼の名は、音無(おとなし)侑生(ゆう)


 廻たちが所属する一年A組の担任を務める男だ。


 この学園の教師たちの中では比較的若い方だろう。年齢は二十代後半だと聞いている。


「なんでてめーがここにいるんだよ!」

「そりゃこっちのセリフだ。小津佐。お前が呼んだのか」


 音無の視線が廻に向く。

 眠気の残る目に見つめられた廻は狼狽え、慌てて首を横に振った。


「いえ、そういうわけではないんですが……」

「どういうこと? 音無先生、私たちを叱るためにきたんじゃないの?」


 きょとんと首をかしげる白雪の疑問はもっともだった。


 立ち入り禁止の建物に侵入した生徒たちの前に、担任教師が現れたのだ。悪さをしているのがばれたと考えるのが自然だろう。


「だれがそんな面倒なことするか。俺はただお前らが人の睡眠を妨害するから文句を言いにきただけだ」


 がしがしと頭をかいてまたひとつ大きな欠伸をする音無を見て、猿飛たちは目をみはった。


 怒られないのか、と思っているにちがいない。


「睡眠妨害って……アンタここで寝てたのか?」

「そうだな」

「いやおかしいだろそれは」

「おかしくない。俺はここに住んでるんだ」

「は……?」


 猿飛が訝しげな声をこぼして固まった。白雪や明智、ルクスも同様の反応だった。


「家から通うと朝起きられなかったときに遅刻するからな。旧男子寮(ここ)でいいから空いてる部屋を貸してくれって学園長に頼み込んだんだよ」

「そんなのありなの?」

「なしだろ」

「宿直扱いってことで一応は許されてる。家賃も払ってるし、実際こうして悪さをする不良生徒をとっ捕まえられたしな」

「お前さっき面倒なことはしねぇって言ってたじゃねーか」


 生徒からの言及を飄々と受け流す音無に、猿飛は呆れたように目を細めた。


「……ん? てことは、さっきの魔法は音無先生のだったんすか?」


 明智がふと気づいたように音無に尋ねる。


 訊かれた本人はだるそうに瞼を伏せ、まあな、と言って三回目の欠伸をこぼした。


「ちょっと脅かせば勝手に出ていくかと思ったんだがな」

「それであの幻覚っすか」

「小津佐くんはあれが先生のしわざだって気づいてたの?」

「うん。音無先生の魔法はまだ見たことがなかったけど、たぶんそうだろうなとは思ってたよ」


 音無は今年の春からオズに配属された新任教師だ。


 彼が担当する魔法授業は基礎的なものが多いこともあり、白雪たちもその魔法がどのようなものかは知らなかったのだろう。


「ったく…‥ビビらせやがって。人体模型に花子さんって、学校の怪談のイメージが古典的すぎんだろ。校舎じゃなくて寮だし」

「その古典的な怪談にビビってたのはお前だけどな」

「うるせえ」


 幽霊の正体が明らかになったことで安堵したのだろう。

 脱力したように音無に対しての愚痴をこぼす猿飛だったが、ルクスの嫌味にすかさず言い返す様子を見るに、いつもの調子を取り戻したようだ。


 そんな自分の生徒たちを見て音無は言った。


「はあ……もういい。お前らはとっとと自分の部屋に戻れ。子供は寝る時間だ」

「まだ十時前だぞ。小学生かよ」


 寝たいのはお前だろ、と猿飛が冷たい視線を音無に向ける。


 明智が意外そうに首をかしげた。


「お咎めはないんすか?」

「肝試しすんのは勝手だっつったろ。どうせ俺が何も言わなくてもそこのクソ真面目な編入生に反省文でも書かされるんだろうしな」

「テキトーっすねぇ。反省文に関してはそのとおりっすけど」

「まあ、強いて言うなら俺がここで寝泊まりしてることはあまり他のやつらに触れ回らないでくれ。大勢に知られていろいろ言われんのはめんどくせえ」


 心底疲れたようにそう言い捨て、くるりと踵を返して四階に上がっていく音無。


 その背中を呆然と見送ったあと、明智はがくりと肩を落とした。


「せっかく面白い記事が書けると思ったのに……お化けの正体が自分たちの担任だったなんて、格好つかないにも程があるっすよ」

「そりゃ人が生活してるんだから電気はつくし人影もあるよねぇ」


 前に忍び込んだ人が見たのも音無先生の幻覚だったんだね、と愉快そうに肩を揺らす白雪。


 その近くで猿飛はため息を吐き、ルクスはふんと鼻を鳴らした。


「もう帰ろうぜ。あと三十分もすれば点呼の時間だし」


 猿飛の言葉に一同は頷き、外に出るため階段の方へ歩き始める。


 そんな友人たちの背中に向けて、廻はひらりと右手を振った。


「みんなおやすみ。また明日ね」


 猿飛たちが立ちどまり、不思議そうに廻の方を振り返る。


「何言ってんだ小津佐。お前も寮に帰るんだろ」

「え? ううん。僕はいかないよ」

「は? なんで」

「僕の部屋もこっちにあるから」


 廻が言うと、猿飛たちはぽかんと目を丸くした。

 全員まったく意味がわからないといった様子だった。


「僕の部屋、音無先生の部屋の隣なんだ。この建物の四階の端っこ。だからみんなとはここでお別れだよ」


 にこりと笑ってそう答える。


 すると四人は衝撃を受けたように口を開いた。

 

「は……はあーー!?」


 猿飛の大声が寮内にこだまする。


 そんなに騒ぐとまた先生に怒られるんじゃ、と廻は思ったが、よく考えれば最初にきちんと説明していなかった自分が悪い。


 現在は使われていないはずの旧男子寮。


 そんな場所で同級生が生活しているのだ。驚くのも無理はないだろう。


「僕の入寮手続きの書類を音無先生がなくしちゃってね。編入初日に正規の部屋が用意できなくて、しかたないから今日はここで寝ろって案内されたのがきっかけなんだけど」

「ふつうに不祥事だろそれ」

「そのあと結局お前はもうこっちの部屋でいいだろって先生に言われて……学園長の許可を取ってもらったんだ」

「いやいや」

「ほら、音無先生って遅刻癖があるから。最近は毎朝僕が起こしてるんだ。優秀な目覚ましだって褒められたよ」

「いいように使われてるだけじゃねーか!」


 つーかそれなのに毎回遅刻してくんのかよあいつ! と顔をしかめる猿飛に廻は苦笑する。


 廻も最初は戸惑ったが、学園に潜入捜査中の異端審問官(インクイジター)という立場上、こちらの寮を拠点にしている方がいざというとき動きやすいと考えたのだ。


「そういえばお前、夜に校内をうろつくことには文句言ってたけど、立ち入り禁止の建物に忍び込むこと自体には何も言わなかったもんな」

「うん……まあ、僕自身が立ち入ってるからね」

「道理で寮で姿を見かけないわけだ……」


 ルクスの指摘に廻は頷き、「黙っていてごめん」と四人の顔を見て謝罪する。


「あれ? じゃあ旧男子寮の幽霊ってもしかして」

「僕と音無先生のことだろうね」

「最初に言えよ!」


 首をかしげた白雪に答えた廻に、猿飛が大きな声でツッコミを入れた。


「僕らがこっちの寮で生活していることはあまり人に知られるなって音無先生が……それに本当に幽霊が出る可能性も否めなかったし」


 いまのところ見たことないけど、と廻が笑うと、そりゃそうだろ、と猿飛は肩を落とした。


「……教師と生徒の禁断の寮生活……うん。これはこれで面白い記事になりそうな気がするっす」


 窓から差し込む月明かりの下、真剣な顔で呟く明智の眼鏡がきらりと光った。


 勘弁してやれ、という呆れたようなルクスの声が、薄暗い夜の廊下に静かに響いた。



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