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オズの十戒  作者: きのみや
旧校舎編
25/41

24 魔法があるなら幽霊もいるだろ


『──ついにバレちゃったね。(めぐる)魔法で造られた人間(ホムンクルス)だってこと』


 瑠璃色の髪の少女が、赤い瞳をきらりと瞬かせて廻に言った。


『嫌われなくてよかったじゃん。魔法で造られた人間(ホムンクルス)だなんて知られたらフツーはもっと気味悪がられるか、そもそも信じてもらえないことの方が多いのに』

 

 真っ暗な闇の中。

 膝を抱えて座り込む廻のそばでくるくると踊るように回り、天真爛漫に少女は笑う。


 その言葉に悪意がないことを廻は知っていた。


 正確には、悪意があるような言葉選びをあえて彼女がしているのだということを。

 

『彼は魔女の家出身だからね。そういう話に多少の耐性、理解があるんだと思うよ。まあ、いずれにせよ結果は同じだったはずだけど』


 廻の前に立つ、少女とは別のもう一人の少年が爽やかな声で言う。


 膝に埋めていた顔をゆっくりと上げ、廻は少年の発言の真意を窺う。


 結果は同じ、とはどういう意味だろう。


『──でも気をつけてね? 廻』


 少女と同じ緋色の瞳をゆったりと細めて笑う少年に、廻の肩がぴくりと跳ねる。


()()()()()()()()()()を知られたとき、どうなるかはわからないから』

 

 優しい声で紡がれる忠告にはっとした。


 喉が震える。心臓が握り潰されたように痛かった。

 けれどそれは当然の痛みだ。


 他でもない、廻自身が受け入れるべき罪の証。


「……うん、大丈夫。忘れてない。忘れるわけがないよ。──イザヤ、アマネ」


 膝を抱える腕に力を込めて呟いた。


 少年たちがふっと微笑み、その手を同時に廻の方へと伸ばしてくる気配を感じる。


「僕の命は、罪の上に存在するものなんだってこと」


 前と後ろから抱きしめられた。


 子供をあやす親のようにも、最愛の者を抱く恋人のようにも感じられるふたつの温度を感じながら、廻は静かに瞼を伏せる。


(……わかってる。僕はルクスくんとはちがう。阿夜さんとも、みんなとも)



 ──小津佐廻の生は、█つの罪で成り立っている。



 **



「いや~ にしてもほんとすごいよな! あのルクスに勝つなんて」

 

 前の席に座るクラスメイトが興奮した様子で自分を褒めるのに、廻はただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。


 迷惑とまではいかないがどうしても戸惑ってしまう。


 なにせ廻の勝利に騒いでいるのは目の前にいる茶髪の彼、猿飛だけではない。学園中のほとんどの生徒がそうなのだ。


 今朝も教室に向かう途中で何度か声をかけられた。

 あのルクスに勝ったというのは本当なのか、と。


(試合をすることが決まったときもすごかったけど……)


 ここまでくると廻が感心するのはルクスの影響力の方だ。


 イギリスの魔女の家からきた留学生。高い魔法の実力もさることながら、絵本から出てきた王子のような外見はどこにいても必ず目立つ。


 そんな彼に生徒たちの注目が集まるのも無理はない。


 同じであることにこだわったルクスの気持ちがまたひとつわかった気がして、廻はどこか複雑な気分になった。


「やっぱりルクスくんはすごいな。たった一度の勝負でこんなに話題になるなんて」

「いや、今回話題になってるのは確実にお前の方だろ」

「編入生がエリート留学生に勝っちゃったんだもんね。最近だと孤高のお嬢様と仲良くしてるって噂も流れてるし。小津佐くんはいま間違いなくうちでいちばんの有名人だよ」

「えっ」


 その場にいた赤毛のクラスメイト、白雪が愉しげな調子で言うのに廻はぎょっとする。


「昨日も言ったがお前は最初から目立ってたからな。編入初日に自分がしたこと忘れたのか?」

「存在しない校則でみんなを取り締まる変わり者はなかなかいないよね〜」

「う……」


 そこにルクスを負かした遅咲きの編入生という称号が加われば尚更だろう、と二人は言う。


 そんな、と。

 動揺する自分にかまわず笑い合う猿飛たちに、廻が肩を落としたときだった。


「──廻」


 猿飛でも白雪でもない第三者に名前を呼ばれ、顔を上げると隣に一人の少年が立っていた。


 ルクスだった。


 まっすぐに廻をとらえる青い瞳と、窓から差し込む陽を受けてきらきらと輝く銀色の髪。詰襟の制服を着用しており、相変わらず紺色のローブは羽織っていない。


「あ、おはようルクスくん。今日は早いんだね」

「珍しいな。まだ始業の二十分以上前だぞ」

「うるせぇ。……少しいいか」


 からかうような猿飛の言葉を一蹴し、ルクスがわずかに顎を引く。どうやら廻に話があるようだ。



 席を立ち、猿飛たちから少し離れた教室後方の窓際に移動する。


 どうしたの? とルクスの目をじっと見つめて首をかしげると、彼ははっと顔を赤くしてきまり悪そうに廻から視線を逸らした。


「……そのよ」

「うん?」

「いろいろ考えたんだが、賭けの報酬がと……友達になるってだけなのはやっぱり割に合わねぇだろ。借りをつくったままなのは癪だからな」

「君になにかを貸した覚えはないけど……」

「お前になくてもオレにはあるんだよ。……だからその、協力してやる」

「協力?」


 意味がわからず聞き返すと、ルクスはちっと痺れを切らしたように舌打ちをした。


「お前の任務。学園に忍び込んだ異端者を捜してるんだろ。……何かあったら言え。どうやらお前の事情を知ってるのはオレと阿夜だけらしいからな」


 いざというとき使えるやつが一人くらいいてもいいだろ、とこともなげに言うルクスに廻は目を見開いた。


「ありがとうルクスくん。……でもごめん。気持ちは嬉しいけどさすがにそれはお願いできない。ユダはあのドロシーを殺した実力者。危険な人物なんだ」


 自分の任務に二人を巻き込むわけにはいかない。


 廻の正体を知っていること自体、彼らにとっての危険となる可能性もなくはないのだ。不可抗力とはいえ申し訳ないことをしたと廻は思う。


「見当はついてるのか?」

「……ううん」

「なら……」 


 廻の返答に納得がいかないのか、ルクスがなおも食い下がるような態度を見せたときだった。


「あ~! 小津佐さん! ルクスさん! ちょうどいいところに揃ってるっすね!」


 バン、と激しく教室のドアが開く音がして、同時に響いた快活な声が二人の会話を遮った。


 驚いた廻たちが声のした方に視線を向けると、そこにいたのは黒縁の眼鏡をかけた一人の小柄な女子生徒だった。


「明智さん。えっと、おはよう?」

「おはようございます! 私の名前知ってくれてたんすね!」

「クラスメイトだからね」

 

 そう。薄茶色のショートヘアをふわふわと揺らして近づいてきたのは、廻と同じA組のクラスメイトだ。


 会話をしたことはほとんどないが、どんなときもはきはきと話す元気な少女だという印象が廻にはあった。


「その様子だとルクスさんは知らないみたいっすけど」

「……」

「いいんす! 気にしてないっす! 私は明智(あけち)恵茉(えま)。今年から新聞部の副部長を務めてるっす」

「そうなんだ」

「はい。──というわけで、今回は取材のためにお二人のお話を聞かせてほしいんすよ!」


 眼鏡の下の丸い目をくるくると回して自分たちを見上げる少女に、廻とルクスは首をかしげた。


 取材ってなんだ、とルクスが怪訝そうな声を発する。


「昨日のオズマについてにきまってるじゃないっすか! 噂の編入生と留学生。あの白い密室でいったい何があったのか? って、いまや学園中の人たちの興味の的っすよ!」

「が、学園中の……」


 ルクスとの勝負の際に廻が生んだ亜空間。たしかに外からは白い大きな球体が浮かんでいるように見えていたはずだ。


 自分たちの会話を聞かれないよう創り出した空間なのだから当然だが、中の様子がわからなかったことが皆の話題に余計に火をつけてしまったらしい。


「おいおい。うちの新聞部ってそんなまともな話題を記事にするようなやつらだったか?」


 猿飛が呆れたように肩をすくめる。

 その隣では白雪が笑っていた。明智が現れたあたりからの廻たちの会話を聞いていたようだ。


「新聞部という名のオカルト研究部。魔法関係のゴシップとか都市伝説とか、普段はそんなネタばっか扱ってんじゃねぇか」

「先月はあれだよね。『イタリアで発見された新種の魔法生物。実は宇宙人だった!?』みたいな」

「うちは魔法学園っすよ。むしろ日常的な話題だと思うっすけど」


 座ったまま茶々を入れる猿飛たちに明智が反論する。


 言われ慣れているのか、反論とはいってもそこに怒りや苛立ちのようなものは感じられない。


「まあいいっす。お二人がどうしてもオズマについて話したくないなら、次の学園新聞ではまた別のネタを記事にすることにするっす」

「たしかに話す気はなかったが、そもそもまだ返事してねぇだろ」

「そのネタについてはルクスさんに話をお聞きしたくてですね」

「いやまずは基本的な話を聞けよ」

「ズバリ! ここ最近頻発している“魔女の家襲撃事件”について、どうお考えっすか!?」

「は?」


 興奮した様子の明智がルクスに詰め寄る。


 眉をひそめるルクスとは対照的に、彼女の目ではメラメラと赤い炎が燃えていた。


「知らないっすか? 一週間前にイタリア、三日前にアメリカ。そして昨日ドイツの魔女の家が何者かの襲撃に遭ったって話」

「……知らねぇな」

「え~? ほんとっすか? 同じ魔女の家出身のルクスさんになら何か情報がきてると思ったんすけど」

「オレに伝えたってどうにもならないだろ。第一、魔女の家は基本どこも独立した組織だ。立場上それぞれが協会と連携を取ることもあるが、何かあったところで他の家とまともに情報共有するとは思えねぇな」


 ぞんざいに答えるルクスに、眼鏡を押さえた明智が唸る。


「そうっすか……ルクスさんに聞けば何かわかると思ったんすけど。残念っすねぇ」

「お前やっぱりそっちがメインだったんだろ。小津佐たちの勝負の取材は建前で」

「そんなことないっすよ」

「つーか、そんなニュースにもなってないような情報どこから仕入れてくるんだ?」

「うちの部長がかなりの情報通なんす。魔法界隈に関することならいつもだれより先に入手してるっすね」


 そう誇らしげに語る明智を見て、廻は静かに目を細める。


 魔女の家が襲撃された。


 それほどの事件であれば、異端審問官(インクイジター)である廻のもとに情報が入ってきていてもおかしくはない。


 しかし廻はその話を知らなかった。

 明智の言っていることが真実なら、新聞部の部長は協会がまだ発表していない情報をすでに手に入れているということになる。


 詳しく調べる必要があるな、と廻は思った。


「そもそもほんとの話なの? だって魔女の家ってさ、昔はよくアンチ魔法派の人たちから嫌がらせを受けたり襲われたりしてたらしいけど、そのたび返り討ちにしてたから今じゃほとんどそういうのがないっていうじゃん」

「子供とはいえルクス(こいつ)みたいなのがたくさんいる施設だもんな。そんなところを襲撃するなんて命知らずにもほどがある」

「それが今回のはヤバそうなんすよねぇ。襲われた三つの家合わせて二十人以上の死者が出てるらしいっすから」

「!」


 廻と猿飛、白雪が息をのんだ。

 さすがのルクスも驚いたのか、廻の隣でその端正な顔を強張らせている。


「……いやいや。そんな重い事件を学園新聞のネタにって、さすがに不謹慎だろ」

「べつに面白がってるわけじゃないっすよ。私は真実が知りたいだけっす」

「でもよ」

「まあ、どっちにしろ今回は他のネタで書くしかないっすね。小津佐さんたちの密室バトル全貌も魔女の家襲撃事件の真相も無理なら、次のタイトルは……『恐怖! 旧男子学生寮の怪奇』かな」

「……は?」


 咎めるような猿飛の視線を受け流した明智が、顎に手を当て真剣な顔で言う。


 拍子抜けしたのか、がくりと肩を落とした猿飛は「何の話だよ」と呆れたように聞き返した。


「ほら、最近噂になってるじゃないすか。旧男子寮に幽霊が出るって」

「知ってる~ いまは使われていないはずの寮なのに夜になると電気がついたり、窓から人影が見えたりするんでしょ?」

「い、いや……だれかがいたずらで忍び込んだのかもしれねぇだろ」

「むしろそのいたずらで入った生徒が幽霊を見て逃げ帰ってきたって言ってるらしいすよ」

「音楽室もないのにピアノの音が聞こえてくるって話もあったね」


 呑気な様子で自分が聞いた噂話を口にする女子二人に対し、猿飛は顔面蒼白だ。心なしかその身体も震えているように見える。


「なに猿飛、もしかして怖いの?」

「こっ……こここ、怖いわけないだろ! つーか幽霊なんざいるわけねぇし!」

「魔法があるなら幽霊もいるだろ」


 冷静にツッコミを入れるルクスを、うるせえ! と猿飛が怒鳴りつける。


 すると明智が猿飛を見てにこりと笑った。


「怖くないなら、私の取材を手伝ってくれないっすか?」


 は? と猿飛が本日何度目かの素っ頓狂な声を上げる。


「今夜さっそく旧寮棟に忍び込んで真相を探ろうと思ってるんす。さすがの私も一人じゃ心細いので、猿飛さんついてきてくれないっすか?」

「な、は、はあ!?」

 

 がたんと椅子から立ち上がった猿飛が、後ずさりながら明智の顔を凝視する。


 動揺に満ちたその声をかき消すように予鈴が鳴った。


 口元を引き攣らせる猿飛の前で、明智はやはり満面の笑みを浮かべていた。



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