23 青春みたいだ
浮遊魔法を解除して、ルクスのもとへ静かに降り立つ。
右手に持った長杖を消すと同時に天井にヒビが入り、白い靄が広がるように二人がいた空間は霧散した。
解放された廻たちは、元のフィールドに向かい合わせの状態で立っていた。
「……ルクス・ピートさんの全銀の欠片消失確認。──よってこの試合、小津佐廻さんの勝利とします!」
高らかに響く審判の声。
はっとした廻があたりを見回すと、沈みゆく夕陽で赤く染まった地面と、その周りを取り囲む大勢の生徒たちの姿が目に入った。
歓声が湧き上がる。これで試合は終了のようだ。
(終わったんだ……)
自分が魔法で造られた人間であることをルクスに明かした。
話を聞かれないために外部から遮断された固有の空間を創り出したはいいが、審判が見えない場所で戦うことがルールに抵触する可能性は否めなかった。
だがその心配は必要なかったようだ。
何でもありの魔法勝負。相手に怪我をさせてはいけないというきまりを除けば、比較的自由なところは他国のオズマと同じなのだろう。
どさりと音がして、隣を見るとルクスが片膝を立てた体勢で地面に腰を下ろしていた。
ルクスくん、と声をかけると、彼はふんと鼻を鳴らした。
拗ねているようにも、開き直っているようにも見えるその横顔に廻は苦笑する。
「ルクスくん」
「……」
「同じが悪いとは思わないよ。……でも、本当に同じだったら相手のことを知りたい気持ちは生まれないんじゃないかな。聞かなくてもぜんぶわかってしまうから」
いつか廻は撫子が自分と似ていると思ったことがある。
だが、それはあくまで似ているように感じたというだけだ。同じだと思ったわけではない。
根本にあるものはたしかにちがっていた。
だから廻は彼女のことを知りたいと願い、友達になることを望んだのだ。
「人によるだろ。現にオレはお前が自分と同じだと思ったから興味を持ったんだ」
「う」
それはたしかに、と廻は唸った。他者と関わりたいと思うきっかけは人それぞれだ。
「……だがまあ、お前の言い分はわかった。オレと同じやつがごろごろいんのは……たしかに堪ったもんじゃねぇな。いろいろ面倒くさそうだ」
「自分で言うんだ……」
「で? オレは何をすればいい」
「へ?」
ぽかんと首をかしげてルクスを見下ろす。
そんな廻を呆れたような顔で見上げ、ルクスははあとため息を吐いた。
「お前が勝ったら何でもひとつ言うことを聞くって話だったろ。今回の勝負はオレの負けだ。だから何をすればいいかって聞いてんだよ」
「えっと……」
考えていなかった。というより、そんな約束をしたことすら忘れていた。
そもそもあれはルクスが一方的に言い出したことで、廻にとっては自分の正体が全校生徒に知られないことの方が重要だったのだから。
「あ」
そこで廻ははっとした。
「じゃあその、僕がトトだってこと、みんなには黙っておいてくれないかな……」
見学の生徒たちに聞こえないよう小声で伝える。
魔法で造られた人間であることもできれば隠しておきたいが、それ以上に困るのは異端審問官が学園に潜入している事実をユダに知られてしまうことだ。
任務を確実に遂行するため、廻はあくまでただの編入生としてこの学園に在籍する必要があった。
「は? それはあたりまえだろ」
ルクスが怪訝そうに顔をしかめる。
思いも寄らぬその反応に、廻はぱちりと瞬きをした。
「トトの任務を邪魔するなんて下手すりゃ自分が異端者になるかもしれない悪行じゃねぇか。さすがにしないだろ」
「え? でもルクスくん、自分が勝ったら僕の正体をみんなに明かせって……」
「それはお前がオレと同じマンチキンだと思ったから……いやまあ、それでも間接的に任務を妨害しちまう可能性はあったのか」
それは悪い、と素直に謝るルクスに廻は目を見開いた。
謝罪をされたことではない。彼が廻を魔女の家出身だと思い込んでいたらしいことに驚いたのだ。
「その……仮に僕がマンチキンだったとして、どうしてそれを僕の口からみんなに言わせようと思ったの?」
「あ? その方がオレが触れ回るより信憑性があんだろうが」
「信じられると君にとって何かいいことが……?」
「オレとお前が同じだと学園中のやつらが認識する。そうすりゃオレは特別じゃなくなるだろ」
当然のように答えるルクスに廻は戸惑う。
えっと、と相手の様子を窺うように頭に浮かんだ結論を口にした。
「ルクスくんは、僕と友達になりたかったの?」
「……はあ!?」
大きく目を見開いてルクスが顔を上げる。
まじまじと廻を見つめる双眸にはあきらかな動揺が滲んでいて、その大きな反応に廻の方がかえって狼狽してしまう。
「どうしてそうなる!?」
「えっ。だってルクスくん、ひとりは苦しくないのかって言ってたし……ひとりがいやだったんだよね? 同じだって証明できれば仲間になれるって思ってくれたんじゃ」
「な……」
「たしかに、みんなの前で発表すれば公然とした友達アピールになるもんね。うん、なんだか青春みたいだ」
「……っ」
ぷるぷると肩を震わせ、ルクスが廻を睨みつける。
心なしかその顔はわずかに赤い。怒らせてしまったのだろうか。
「……もういい。いいから早く何か言え……!」
ふい、と廻から顔をそむけたルクスが吐き捨てるようにそう言った。なげやりな口調だった。
「お前がトトであることも、魔法で造られた人間だってこともだれにも言わない。だからさっきの命令はなしだ。何か他のやつを考えろ!」
「え、ええ」
自分と一切目を合わさぬまま捲し立てるルクスに廻は困惑した。
赤く染まったルクスの耳を上から見つめて考える。
──そしてふと思いついた。
「! そうだ」
はっとしたように声を上げた廻に再びルクスの視線が向く。
不可解そうに眉をひそめたルクスの顔をまっすぐに見つめ、廻は笑った。
「僕と友達になって!」
そう言ってルクスに手を差し伸べる。
すると彼は丸々と目を見開き、今日いちばん衝撃を受けたような様子で廻の顔を見て固まった。
「だめかな。僕は君と仲良くなりたいんだけど」
きらりと瞬く青色の瞳。さらりとした銀髪が夕陽を浴びて輝いている。
やはり彼には光が似合う、と廻は思う。
「……ちっ……」
しばらくして、渋々と伸ばされたルクスの右手が廻の手に静かに重なる。
友達になってくれるの、と廻が目を瞬かせると、彼は諦めたように息を吐いて銀色の睫毛を伏せた。
「拒否権ないだろ。……約束なんだから」
ぶっきらぼうに答えて立ち上がるルクスに廻は微笑み、その想いに応えるように繋いだ右手に力を込めた。




