21 ひとりなんだろう
──あなたは特別な存在です。他の魔法使いたちとはちがうのですよ
ルクスが育った魔女の家の院長の口癖だ。
自分の施設から優秀な魔法使いを輩出することにしか興味のない、頭のかたい女だった。滅多に笑わず、発言にも生き方にも人間味が欠けている。
おかげでルクスの中の“魔女”のイメージは彼女の姿で固まってしまった。
原初の魔女ドロシーは飄々とした食えない人物であると聞くが、実際に会ったことはないのでわからない。
──親も家族もいない。けれど、あなたたちには魔法がある
身寄りのない魔力持ちの子供たちが集まる魔女の家。
孤児院とは名ばかりで、そこは世間の噂どおり優れた魔法使いを生み出すためだけ人体実験場のような施設だった。
魔法使いになるために生まれた存在。
魔女の家に引き取られた子供たちは、皆がその言葉を浴びせられながら洗脳にも近い過酷な特訓を強いられて成長していく。
一方で、マンチキンと呼ばれるその子供たちの間にも能力の差というものは存在していた。
──この家の者たちは家族ではありません。馴れ合う必要はない。あなたはその類い稀な才能を伸ばすことだけ考えていればいいのです
ルクスには才能があった。
プロの魔法使いの平均値を遥かに凌ぐ魔力を赤ん坊の頃から有し、難度が高いと言われる光属性の固有魔法をわずか七歳で習得した。
そんなルクスを、周りの者はみな羨望の眼差しで見た。
──あなたは私たちとちがうから。邪魔にならないようあまり近づくなと言われているの
──お前はぼくらとちがって優秀だからな。インチョーのお気に入りくん
ずっとひとりだった。
もともとルクスが魔女の家に来たのも、金に困った両親が膨大な魔力を持って生まれた息子を赤子の頃に売ったからだ。
だからルクスは親の顔を知らない。いま何をしているのか、生きているのかすらわからない。
──聞いたか? 今年のマンチキンの中に光の固有魔法を持ってるやつがいるって話
ルクスが育った魔女の家はスコットランド南東部のノースベリックという街にあった。
イギリス。オズ魔法協会の本部が置かれる魔法文化発祥の地。
そんな国のオズ魔法学園には、世界中から優秀な魔法使いの卵たちが集まってくる。
初等部までの教育を免除され、中等部から入学することが慣わしとなっている魔女の家の子供たちも例外ではない。
周囲からの大きな期待を背負って入学したルクスだったが、最初の頃はまだわずかな希望があった。
自分よりも優れた魔法使いがごまんといるであろうこの場所でなら、気の合う人間に出会えるかもしれない。
もうひとりではなくなるかもしれない、という愚かな期待を抱いていた。
──群を抜いた魔力量だと思ったが……なるほど、ノースベリックの魔女の家出身なのか
──その中でもルクス・ピートは特別ですよ。あそこの院長が特に目をかけている逸材だそうですから
結局、比べられる人数の母数が増えただけでルクスの扱いに大きな変化は生まれなかったのだが。
ルクス以上に有能な魔法使いはたしかにいたが、彼らはルクスとちがい、自分が特別視されることに少しの忌避感も抱いてはいないようだった。
──私たちは選ばれた存在だよ。魔力を持たない一般人はもちろん、手品まがいの魔法を使う名ばかりの魔法使いたちとはちがう。名誉なことじゃないか
ちがう、とはなんだ。ちがうから自分は孤独なのか。
親に捨てられたのも。
ひとつ屋根の下で暮らす子供たちに敬遠されるのも。
好きでもない魔法の特訓を四六時中させられるのも。
すべて自分が人とちがうせいなのか。
同じなら、ひとりではなくなるのか。
──あなたを日本のオズに派遣するよう協会から要請がありました。あのような魔法のレベルが低い国にあなたを置くのは残念ですが……だからこそ、なのでしょう
いまから約三ヶ月前のことだった。
決められた人生を歩む日々に半ば諦念のようなものを抱きながら過ごしていたあるとき、十五年間を過ごした魔女の家を離れる機会が突如として訪れた。
高等部への内部進学を目前に控えていたルクスに、院長から思いもよらぬ命令が下されたのだ。
イギリスではなく、日本のオズの高等部に進学しろと。
──日本は魔女の家の反対国です。あなたのような優秀なマンチキンを送り込むことでその考え方を改めさせたい、という狙いが協会にはあるのでしょう
正直うんざりする気持ちだった。
どこまでも自分を利用し、過度な期待をかけてくる大人たちに心の底から腹が立った。
唯一、施設を出て院長の手から離れられることだけはありがたかったが。
──どうせ、どこに行こうと自分はひとりだ。
日本という国は世界的に見て魔法の水準が低いと言われている。
そんな土地に異国の、それも魔女の家出身の者が行けばいまよりずっと奇異な目を向けられることはあきらかだ。
イギリスのオズを首席で卒業した日本人が過去に一人いたらしいが、それ以外で有名なのは御三家と呼ばれる日本三大魔女の子孫たちくらいだろう。
その中の一人、クラスメイトとなった阿夜撫子とも通じ合うことはできなかった。
──でもさすがはルクスくんだね。私たちとはぜんぜんちがう
──……レベルが、ちげぇ……
かえってよかったのかもしれない、とルクスは思った。
国籍も、外見も、魔法に対する価値観も根本的にちがうなら、最初から何も期待せずにすむから。
授業に出ろと口喧しい教師はいるが、面倒な院長のいない場所で卒業まで比較的自由に過ごせるのなら、悪くはない。
そう考えていた矢先、ルクスは小津佐廻と出会った。
最初はおかしなやつだとしか思わなかった。
遅咲きと呼ばれる編入生。魔力の覚醒が人より遅いのだから、その能力もきっと人より劣っているのだろう。
興味すらなかったのだ。隣のクラスとの合同授業で、廻の魔法を目にするまでは。
教師が発動した魔法による岩石の攻撃を、いとも簡単に彼はいなした。
見事な魔法だった。その場にいた他の生徒たちも、感嘆の声をもらしていたように思う。
だが問題はそこではなかった。あのとき廻から感じた大きな魔力。
一瞬だけ膨れ上がり、すぐさま隠された尋常ではない量のそれに、ルクス以外はだれも気づいていないようだった。
遅咲きの学生が発したとは思えない。
膨大で洗練された、どこか懐かしさすら感じさせる彼の魔力に、ルクスは大きな衝撃を受けた。
同じかもしれない。そう思った。
あいつはオレと同じ、他とはちがう特別な人間なのかもしれないと。
季節外れの編入生。しかしきっと遅咲きではない。
魔力の保有が発覚した時点でオズに入るのはどの国でも共通である。これまで廻が学園にいなかったのだとしたら、そこには何か特殊な事情があるはずなのだ。
マンチキンなのではないだろうか。
彼は日本以外の国、それも魔女の家で育ったのかもしれない。
そして、ルクスと同じ理由で日本のオズにきた。
(……小津佐廻。お前はオレと──)
それからルクスは廻を意識するようになった。
彼が自分と同じ存在だという証拠を見つけるために。授業中の様子を観察し、同級生と彼の会話を盗み聞きした。
──小津佐、今日は眼鏡はどうしたんだ?
──ああ、寮の部屋に忘れてきちゃって。あとで取りに行くよ
──大丈夫なのかよ
──うん。僕視力はどっちも1.5あるから
──なんで眼鏡かけてんの!? オシャレ!?
──その方が風紀委員っぽいかなって
──マジか……
廊下を歩いているときに耳に入った廻と猿飛のやりとりだ。
それを聞いてルクスは考えた。魔女の家で育った者には、高度な魔法を使用した際に目が青く光る性質がある。
だから廻は自分の目を隠しているのではないか。
あの妙にレンズの分厚い眼鏡は、マンチキンの証である青目を誤魔化すための魔道具なのだと。
──ルクスくん、今日は七分の遅刻だよ。いつもどおり音無先生が十分の遅刻をしたからホームルームには間に合ったけど……
──オレはイギリス出身だ
──え?
──ここにくるまでスコットランドのノースベリックという街にいた。……何か言いたいことはないか?
イギリス。ノースベリック。この二つの単語から連想されるのはやはり魔女の家だろう。
もし彼がルクスと同じ境遇なら、なにか反応を示すかもしれない。そう考えて口にした質問だった。
──えっと……
──……
──……あ! ルクスくん、日本語が上手だよね
──は?
──見たところ翻訳魔法も使ってないみたいだし……こんなに流暢に話せる外国の人はなかなかいないよ。きっとすごく勉強したんだろうね
きらきらと目を輝かせて自分を褒める廻。的外れな回答だった。
期待を裏切られたルクスは落胆したが、諦めるつもりはなかった。
決定的な出来事が起こったのはその数日後だ。
珍しく授業を抜け出した廻に気がつき、本人に悟られぬようその背中を追いかけたときだった。
強固な結界が張られていた。
気配を消してそっと中に忍び込むと、そこには廻と、学校を休んでいたはずの撫子の姿が。
彼らのやりとりを聞き、撫子の家庭教師だという女と廻の戦いの一部始終を見たルクスは確信した。
異端審問官。世界に数人しか存在しない最強の魔法使い。
学生ながら既に保有しているらしいプロの資格。
まさしく魔法使いになるために生まれたような存在だ。
そんな彼は、やはりマンチキンである可能性が高いだろう。
オズを卒業せずして魔法使いの資格を手に入れる方法にはかぎりがある。
その方法の一つが魔女の家に引き取られてマンチキンとして育てられることだ。
魔女の家は、協会に認められたオズ以外で唯一の魔法使い養成機関なのだから。
(──お前も、ひとりなんだろう)
生まれ持ったものを消すことはかなわない。取り繕ったところでいつかはボロが出る。
なら隠さなければいい。明かしてしまえばいいのだ。自分は魔女の家の出身だと。遅咲きなどではないのだと。
そうすれば、オレとお前は。
──そう思っていた、はずだった。
「なんだ、それは──」
真っ白な空間だった。
外部から完全に遮断された、自分たち以外のものは何ひとつない世界。
廻の魔法によるものだろう。ルクスの魔法に対応するべく彼が創り出したのだ。
影の概念がない空間を。
表裏一体であるはずの光と影。その片方を強制的に排除した。影があることで成り立つルクスの魔法を発動不可にするために。
亜空間を生み出す魔法はたしかにある。
だが、ここまで異質な空間を瞬時に構築できる魔法使いがこの世に何人存在するのか。
信じがたいことだ。驚いてはいる。途轍もないことだと思う。
(けど、そうじゃねえ。そんなことより──)
本気で戦えばわかると思ったのだ。
決闘の最中に廻の目が青く光れば、彼とルクスが同じであるという事実が多くの生徒たちの前で晒されることになる。
そうでなくても勝てばいい。勝って本人に告白してもらえばいいのだ。
だから廻に勝負を挑んだ。それなのに。
(……同じだと? ふざけるな。いったい、なにが同じなんだ……!)
ぐっと拳を握りしめ、ルクスは自分をこの空間に引き摺り込んだ少年の顔を見上げる。
浮遊魔法か、この場所の創造主としての特権か。ルクスよりも高い位置に彼の身体は浮いていた。
ふわりと揺れる紺色のローブと、さらりとなびく真っ直ぐな黒髪。その右手には、本人の背丈ほどある木製の長杖が握られている。
「こんなところに閉じ込めてしまってごめんね。この杖ちょっと目立つから、あまり人に見られたくなくて」
「……っ、そんなことはどうでもいい……!」
苦笑しながらことりと首をかしげる廻に、そうじゃないだろ、とルクスは答える。
杖ではない。本当に異質なのは。
──彼の、目だ。
「お前、その目……」
青ではない。本来の彼の色である日本人らしい黒でもない。
赤だった。
ルクスを映す凪いだ瞳が、赤い光を放っていたのだ。
「ありえないだろ……そんなの」
沈みゆく夕日のようにも、妖しい夜を照らす月の輝きのようにも見える緋色の瞳。
魔法を使う際、消費する魔力の量に応じて両目が赤く光る者がいることをルクスは知っていた。
だが、それは本来この世に存在するはずのないものだ。
(魔法使いになるために生まれた? そんな甘いものじゃない。お前は──)
困ったように眉を下げた廻が、驚くルクスをその赤い目に映したまま、寂しげな顔で微笑む。
その表情に胸を刺されたような気持ちになりながら、喉を震わせてルクスは言った。
「魔法で造られた人間、なのか……!」
魔法そのものとして生まれた人間。
オズの十戒第二条に反する、禁忌の存在だ。




