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オズの十戒  作者: きのみや
ルクス・ピート編
20/41

19 ガキのボール遊びと一緒だ


 学園内に設置されたオズマのフィールドは全部で三つ。


 高等部校舎の東側に位置する広場がその一つで、生徒同士による個人的な決闘に使用されることが最も多い試合場であるという。


 灰白色の敷石で舗装された地面と、随所に置かれた高さの違う魔法石の柱。


 見学のために集まった大勢の生徒たちを見回しながら、(めぐる)はそわそわと落ち着かない気分を味わっていた。


 一日前、猿飛たちが戦っていた場所に自分がいる。


 立場上あまり目立つわけにはいかないのだが、それはもう手遅れだと撫子たちからツッコミをもらってしまったばかりなので、余計に気が重いのだ。


 いずれにせよ、ルクスとの勝負から逃げるという選択肢は廻にはない。


(ルクスくん……)


 目の前に立つ少年の顔を見る。


 廻より少し背の高い異国のクラスメイトは、いつもと同じくローブを着ない詰襟の制服姿でじっとこちらを見つめていた。


 神妙な顔をした廻を映す青い瞳。彼が何を考えているかはわからなかった。


「それでは最終確認を。今回の試合は双方の同意のもと行われるという認識でよろしいですか?」


 学園におけるオズマの監督は、生徒会役員の務めであるという。


 廻たちの勝負に派遣されたのは真面目な雰囲気が漂う上級生の女子生徒だった。つい昨日、猿飛たちの勝負の監督をしていた生徒と同じ人物だ。


「ああ」

「……はい」


 彼女の言葉に二人そろって頷いたことが合図となり、両者の間に緊迫した空気が流れる。


 ついに始まるのだ。廻はごくりと唾を飲んだ。


「わかりました。高等部一年A組、小津佐廻さんとルクス・ピートさん。お二人のオズマを正式に許可します。銀の欠片(クリスタル)を生成するのでしばしお待ちください」


 審判の女子生徒が右手を前にかざして宣言する。


 すると彼女のローブがふわりと浮き、その周囲にきらきらとした銀色の鱗粉のようなものが舞い始めた。


 それらの輝きが風に運ばれるようにして廻たちの身体を取り巻き、次第にいくつかの小さな個体を形成していく。


 そうして生まれたのは、双角錐の形をした高さ十センチほどの水晶だった。


 胸の前や背中側、頭の横や腰付近など、廻とルクスそれぞれの身体のまわりで合計六つの水晶が浮遊している。


 陽の光を浴びて銀色に輝く個体は一見するとただの硝子の塊のようだが、それが単なる飾りではないことを廻はすでに知っていた。

 昨日の勝負で猿飛たちが同じものを使用していたからだ。


 銀の欠片(クリスタル)。オズマ専用の魔法道具である。


「制限時間は四十分。相手の銀の欠片(クリスタル)を先にすべて破壊した方、もしくは時間内により多くの銀の欠片(クリスタル)を破壊した方が勝利となります」


 この学園のオズマでは基本的に相手を直接攻撃しない。

 互いが有する銀の欠片(クリスタル)を破壊し合い、最終的に残ったその数で勝敗を決するのだ。


 学生同士の勝負の範疇を超えた危険な魔法の使用や、相手に意図的に怪我を負わせるような行為は禁止。


 万が一の場合に備えて魔法保険医が出動できる時間帯でしか実施は許されず、見学の生徒に影響が及ばぬようフィールドにも細工がされているらしい。


「なまぬるいルールだよな」


 自身の前に浮かぶ銀の欠片(クリスタル)を冷たく見つめ、独り言のようにも、問いかけのようにも取れる口調でルクスが言った。


「イギリスのオズマならこんな小道具は使わねえ。死人が出るのはさすがに問題だが、多少の怪我は覚悟の上で戦うのがこの試合の本来の趣旨だろ」

「……」

「安全な場所で審判員(おとな)に見守られながらぬるい魔法をぶつけ合う。ガキのボール遊びと一緒だ」


 廻は黙った。

 ルクスの言うとおり、本来のオズマは一種の戦闘訓練──魔法使いの軍人を養成するために提唱された比較的危険な競技だ。


 同じ魔法学校でも実際に死闘とも呼べる勝負が行われている国もあるらしく、その緊張感はたしかに日本のオズマとは比べものにならないだろう。


 けれど──


「僕はいいと思うよ、ボール遊び」


 ルクスの目を見て廻は答える。

 青い瞳がぱちりと瞬き、微笑む廻の顔を映した。


「平和でいいじゃないか。──魔法は人を傷つけるために存在するわけじゃないからね」


 そう言葉にした瞬間、どの口が、と心の中の自分が冷ややかな表情を浮かべて責め立ててくるのを廻は感じた。


 同じことを思ったのかもしれない。

 わずかに目をみはり、そのあとすぐ怪訝そうに眉をひそめたルクスの前で廻は苦笑する。胸に走った痛みには気づかないふりをした。


「では位置についてください」


 審判の指示に従い相手から二十メートルほど離れた所定の場所に移動する。


 銀の欠片(クリスタル)は依然として廻のまわりに浮かんでいた。対象の動きに合わせてついていく魔法がかけられているようだ。


「──試合開始!」


 最初に動いたのはルクスだった。


 とん、と彼が足元の地面を靴先で軽く叩く。

 するとその周辺の敷石がピキピキと音を立て、生まれた亀裂が瞬く間に広範囲に広がった。


「小手調べだ。これくらいは余裕で対処できるんだろ」


 砕けて瓦礫となった大量の敷石が、不敵に笑うルクスの頭上に浮かび上がる。


 次の瞬間、散弾銃のような瓦礫の攻撃が廻めがけて一斉に飛んできた。


 防御魔法を展開する廻。

 直後に受けた衝撃で辺りの空気が振動し、身に纏う紺のローブがばさばさと激しくはためく。


 フィールド内にある物の使用、破壊自体は特に禁じられていないという。


 試合後のフィールドの修復ら審判をはじめとする生徒会役員が行うことになっているので安心してほしい、と事前に説明されていたことを廻は思い出した。


 所々に建てられた魔法石の柱も、戦闘に利用されることが前提となっているのだろうか。


(それにしてもすごい威力だ。しかも……)


 異様なまでの正確性。


 自らの前面を覆う透明な壁が瓦礫の散弾を次々と弾く中、廻は気づいた。ただ瓦礫を飛ばすだけではこれほどの威力にならないと。


 弾丸と化した大小さまざまな瓦礫の一つ一つに、ルクスは魔力を注入している。


 速度と威力を細かに調整しているのだろう。

 実際、瓦礫の攻撃は廻のまわりに浮かぶ銀の欠片(クリスタル)を的確に狙っているようだった。


 表側に張られた障壁を突破し、その先にある銀色の個体を破壊しようとするたしかな意志が彼の魔法からは感じられた。


(相手に怪我させちゃいけないってルールを守ってるんだ。仮に僕に当たったとしてもそれほどのダメージにならないよう威力を調整してる。でたらめに撃ち込んできてるわけじゃない)


 容易にできることではない、と思う。


 いまルクスが使っているのは操作魔法。物質を自在に操る基礎的な魔法だが、複数の物を同時に操作するにはそれなりの技能が必要となる。


 “無数の瓦礫をまとめて一方向に飛ばす操作”と“無数の瓦礫すべてに魔力を込めて一つ一つを動かす操作”はまったくの別もの。


 ルクスが実行している後者の方が圧倒的に難度は高い。


「防戦一方だな」


 ルクスがふっと笑った瞬間、廻の背後で何かがぶわりと浮き上がるような気配がした。


 それはやはり大量の瓦礫だった。相手の操作魔法の範囲が廻の後方にまで及んだのだ。


 前後から放たれる攻撃に防御魔法を全開にすることで対応する。

 膠着状態とはこのことだろう。


 ルクスが攻撃する。

 廻がそれを(バリア)で防ぐ。


 このままではそのやりとりだけで制限時間の四十分が経過してしまう。

 ルクスがこちらの魔力切れを狙っている可能性もあるが、()()()()()()()という確信が廻にはあった。


 ならば自分はどう動くべきか。

 そんな廻の思考は、足元から聞こえた地底が蠢くような鈍い音によってかき消された。


「!」


 地面がボコリと盛り上がり、廻の真下から先の尖った大きな岩が突き出てきたのだ。


 いや、突き出たというより、地面の敷石そのものが変形したのか。

 防御壁の内側から廻の銀の欠片(クリスタル)を狙う一撃。廻はそれを左斜め後方に跳び退くことで咄嗟にかわした。


 追うように飛んできた瓦礫を新たに生成した魔法の壁で弾き返す。


 すると再び突き出た地面に足元から襲われるので、廻はまたもや跳んでその攻撃を避けるしかない。


 近くにあった魔法石の柱の横にすたんと着地し、右手と片膝を地面について追撃に備えようとした。そのときだった。


 ──パリン、と。

 硝子が割れるような高い音が耳元で響いた。


 きらきらと光る破片が視界に入り、廻ははっと目を見開く。


 銀の欠片(クリスタル)だ。廻の所持する銀の欠片(クリスタル)が砕かれた。


 それも二つ。頭の横と肩口あたりに浮いていた六つのうち二つの個体が同時に破壊されてしまったのだ。


 いったいなぜ。

 瓦礫の弾丸は受けていない。考えられるのは身の回りの物質を使用することなく発動できる衝撃魔法だが、廻はそれも最初から警戒していた。


 猿飛との試合のときと同じだ。

 ルクスは目に見えない攻撃魔法を使っている。


「何をされたのかわからないって顔だな」


 顔を上げる。

 離れた場所に立つルクスは相変わらず不適な笑みを浮かべていて、こちらの動揺を見透かしたような彼の言葉に廻は返事をすることができなかった。



 ──だって彼……マンチキンなんでしょ?



 砕けた銀の欠片(クリスタル)の残骸が風に乗って流れていく中。


 廻の脳裏をよぎるのは、ルクスを称賛する生徒たちの畏怖と羨望にあふれた声だった。




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