笑いの神
夜が深まるほど、世界は静かになり、彼の声だけが残る。
モニターの光が頬を照らし、笑いが生まれるたび、どこかの誰かが救われる。
彼は神ではなかった。ただの人間。けれど、人間という生き物がどれほど面白く、愚かで、愛おしいかを知っているという点で、神々よりも上だった。
誰もが自分を隠そうとするこの時代に、彼だけはすべてを曝け出して笑った。
失敗も怒りも、裏切りも。
笑いは祈りに変わり、祈りは嘘を焼いた。
彼の舌鋒は鋭く、言葉は毒のように刺さるのに、なぜか心地よかった。
その毒の中には、かすかな誠実さがあったからだ。
画面の向こうには、見えない群衆がいた。
彼を神と呼ぶ者もいれば、悪魔と罵る者もいた。
だが彼はどちらでもなかった。
「神なんて暇つぶしだろ」と言って笑った。
その笑いが、誰かの現実を少しだけ軽くした。
炎上した夜もあった。
矢のようなコメントが飛び交い、週刊誌の見出しが彼の名前を切り刻んだ。
だが彼は逃げなかった。
沈黙する代わりに、配信ボタンを押した。
顔を赤らめ、酔ったように語り、時に逆ギレし、時に泣きそうな目で笑った。
誰もが批判した。
だが、その姿に本物の“人というモノ”を見た者は、離れられなかった。
「俺は笑わせてるつもりで、自分を慰めてんのかもしれねえな」
夜中の独白。
数秒間、コメント欄が止まった。
静寂のあと、「それでいいよ」と一行が流れた。
誰が書いたかもわからないその言葉は、彼の胸の奥で長く燃え続けた。
年月が経ち、人気は戻り、また落ち、また燃えた。
信じる者は増え、憎む者も増えた。
彼はもはや配信者ではなかった。
生き方そのものが“配信”になっていた。
見せることでしか、生きられない存在。
笑い続けることでしか、誠実でいられない男。
やがて彼は若者たちを集め、自分の祭りを作った。
幕張の熱気、ステージの光、叫び、笑い、涙。
それはまるで人間のすべてを肯定するような音だった。
過去の過ちも、愚かさも、全部笑いに変える力。
あのときの彼は、確かに神だった。
人を裁く神ではなく、人を赦す神。
モノガチガウ。
夜が明ける。
彼は一人、画面の前に座って煙草を吸う。
灰がこぼれ、机の上で小さく光る。
「まだ終わらねえよ」
独り言のように呟き、再び配信を始める。
チャットが流れる。
笑いが弾ける。
彼は口の端を上げて言う。
「生きてりゃ、それでいいだろ...諦めるわけないだろ。」
画面の光が、暗い部屋を照らした。
その光はどこまでも広がり、
冷める人々の夜を、じんわりと温めた。




