ファニルside3
「はい、もう大丈夫ですよ」
「ありがとうございます!聖人様!」
冒険者ギルドに身を寄せている二人は一般の冒険者では対処困難な野獣の討伐と被害にあった集落の治療にあたっていた。
「聖人様~あっちは終わったよ~」
「その呼び方やめてくださいよ····」
野獣の体液を身体に浴びたファニルが住人の治療をしていたジャラオックの前に姿を見せる。手元には住人達を苦しめた野獣の苦悶に歪んだ生首がある。
数々の集落の人々の傷を癒したジャラオックはいつしか聖人と呼ばれるようになっていたのだ。
「んじゃ金、はい」
集落の長らしき初老の男に手を付きだし金を要求するファニル、長たる男は困惑した顔だ。
「えっと····支払いは後日ギルドのエージェントの方と····」
「アイツら中抜きエグいの!感謝の気持ち!はいプリーズ!?」
「僕達には9割で渡されてますよ嘘つかないで貰って良いですか?」
ジャラオックの言う事は事実でむしろ色まで付けて渡されている。だが強欲なこの女は満額支給だとしても足りないとほざくだろう。
「お腹すいたー!ここ最近ずっと草しか食べてないじゃん!お金貰って美味しい物食べるー!」
「野菜です····本当に雑草食わせてやろうか?」
ファニルの言うことは被害妄想に染まった虚言であり実際は元気がつくように肉やキノコ等も入っている。だが被害にあった人の手前、普段食べている豪勢な食事を振る舞う訳にもいかないのだ。
「すいません····聖人様には私達の炊き出しもしてもらってて····」
「コレは気にしないでください」
「ジャラたん辛辣ぅ~!」
出会ってから一年が過ぎファニルの扱い方が分かってきたジャラオックは前にも増して辛辣な言動が増えてきたのである。
今回の全ての仕事をクリアした二人はギルドが開発した転移装置で共和国首都まで戻る。
すっかり夜になり仕事帰りの人達が帰路を急いでいた、中には暗くなった街とは対照的に光る歓楽街に飲みに走る者達もいるが。
「ギルドはホワイト企業様だから定時でクローズかぁ、良いご身分ですこと」
「報告は明日にして今日は帰りましょう」
ファニルはクタクタに疲れた身体で懲りずに皮肉をかましながら帰路についた。
別荘についた二人は早速夕飯の支度に取りかかる。料理が出来ないファニルは配膳や食後の皿洗いしか出来ないが、ジャラオックはそれで怒るほど器の小さい人間では無い。
そして出来上がった料理をテーブルに運び二人は久方ぶりの豪勢な食事にありつくのであった。
「美味しいよぉジャラたん、天才過ぎな」
「ファニルさん?元貴族や大商人等のお金持ちには裏で法外な報酬を請求してるみたいですけど?何で僕に黙ってるんですか?」
お見通しだよと言う風に怒った母親のように釘を刺すジャラオック。ファニルは依頼が済んだ後にお金持ちの不正をダシに口止め料として大金を奪っていたのだ、さらにお金持ちにとって厄介な秘密を知っている裏社会の者を口封じに殺す闇の営業もこっそりしていた。
「お金は銀行の私達の口座に預けてるよぉ~」
「そう言う問題じゃなくて····私利私欲のために使ったらお仕置きですからね!」
お灸を据えられたファニルだったがジャラオックの新作デザートにすっかり魅了され全く反省しておらずジャラオックは溜め息を吐きながら夜が更けていった。
翌朝ギルドに報告へ向かった二人は受付を済ませギルド長室で待つサニアの元へ向かう、一通りの報告を済ませたがファニルのアレはとりあえずは言わない事にはしたジャラオックである。
その後は昨晩のジャラオックの料理の話題で盛り上がるが····
「プププ、ファニルお前さん料理もマトモに出来んのか!学校で何を習ってたんだい?」
ダスクァ王国の魔法学園は単なる魔法の学舎では無く貴族のための学校でもある、男子生徒なら騎士コースと経営コースに女子生徒なら淑女コースの授業があるのだ。
この淑女コースで令嬢達は料理を学ぶ、料理の単位を取らねば赤点で進級卒業は出来なくなる。
しかし王太子ファラリスの愛人であったファニルは学園側への圧力により全教科単位が貰えていた、そのため令嬢達に嫌味を言われるだけの淑女コースの授業は全てサボっていたのだ。
「貴令令嬢なんて結婚してから料理とかしないのに無駄な事じゃん」
「料理が趣味の王族貴族との付き合いもあるからな、無駄な事なんて無いぞ?」
ニヤニヤとマウントを取るサニアにほっぺを膨らませるファニル、ジャラオックはそれを微笑ましく見守るのであった。
「大変です!ギルド長!」
「馬鹿者!聖人様の前だぞ!ノックくらいしろ!」
大慌てで入ってきた冒険者の男は現場のリーダー的ポジションの男である、サニアはマナーを注意するがその慌てぶりからして緊急事態であろう事は容易に想像出来た。
「ケティア地方の任務に向かった冒険者が消息を絶ちました····」
「ミナが····!ちぃ!」
「興味ない····ご飯行ってくるからジャラたん次の仕事聞いといて」
「ファニルの姉貴····」
「アレはこの場にはいても話をとっ散らかすだけなので····」
ジャラオックは逆にいない方が話が進む事を示唆し男からの報告を聞いた。
共和国東部にあるケティア地方で若い女性が失踪する事件が起きている、調査のため冒険者を派遣するがそのミナと言う女性冒険者が姿を消したと言うのだ。
「神隠し事件ですか····」
「現地のギルド支部は事件性は無いから調査しないとか抜かしやがるんです!」
「ケティア地方と言えばコースタル家の領地か····あっ····!」
忌まわしき実家の名前を聞き顔が曇るジャラオックであったが直ぐに切り替え笑顔を見せる。
「大丈夫です!もう吹っ切りましたから!」
「ジャラオック様····!」
「聖人様ぁ····!」
その健気な姿に涙が溢れそうになるサニアとリーダー。
「恐らく実家がギルド支部に圧力をかけていると思われます、前回の革命で王家は見限ったようですが典型的な貴族主義の思想を持っているので····」
「今回の事件も国を転覆させる何かをたくらんでいるかもしれませんね」
コースタル家によるクーデターの布石を疑うサニアはジャラオックにケティア地方の神隠し事件の調査を依頼する事にした。
「ふぅ、美味しいかった~店員さんナンパしてるチンピラ退治したらご飯代タダで無料クーポンもくれるとか最高~今度から贔屓にしよ!」
などと返り血をたっぷり浴びて街中を闊歩しながら呟くファニル、街の人達は恐怖を感じながらも聖人様のパートナーと言う事もあり愛想笑いしながら挨拶をする。
しばらく歩き別荘の近くの区画に入ろうとした時に公園で子供達に紙芝居を読んで聞かせる老婆を見かける。
「邪竜は純血の血を持つお姫様を食らおうとしたんじゃが勇者様が倒しまた、そして勇者様はお姫様と結婚しこの国の初代国王様になりましたとさ」
紙芝居を観ていた子供達は老婆の語る勇者の勇敢さに惚れ惚れしていたが遠くで見ていた大人達は冷めた視線を送っていた。
「あのバアさん、また王家のプロパガンダやってるよ」
「この前、警官に注意されたの懲りて無いのかねぇ」
「そろそろ公安が動くんじゃないか?っと噂をすれば!」
老婆の後ろに現れたのは黒いスーツを着たスラッとした男二人組だった、優しく老婆と子供達に話しかけるも目は笑ってない。
「あれが公安?」
「あっファニルさん····!はい、恐らくあの婆さんは死ぬまで隔離施設でしょうね」
大人達から情報を得たファニルは公安と老婆の元へと向かう、集まっていた子供達は公安の男達が配ったお菓子を手に家に帰って行った。
「お菓子ちょーだい」
「ファニル様?えっと····はい?」
「馬鹿····っ!すみません!ファニル様!どうぞ」
まだ10代後半とは言え既に子供を産んで母親となっていてもおかしくないファニルがお菓子をねだって来たため若手の公安は面食らったがベテランの方が機転を利かせてさっきの子供達全員分くらいのお菓子を渡す。
早速ボリボリ食べ始めた目の前の女に二人は久方ぶりに人間らしい表情を取り戻しポカーンとするのであった。
「おばあちゃん最後何か喚いてたけど何だって?」
「邪竜は強い生命力を持つ!また再び甦るだろう!倒せるのは王家の血を引く者だけだ!」
「はいはい、暗くなってきたから施設行こっか?ご家族からも頼まれてるからさ」
「そもそも邪竜と勇者の童話は聞いたことあるけど甦るなんて設定無いよ、王家派が後付けしただけでしょ」
王家の血を絶やしたこの国は滅びると叫びながら老婆は公安職員によって施設へと引きずられて行った。
一抹の不安を覗かせながらもファニルはジャラオックの夕飯を食べるために帰路についた。夕暮れの空は不気味な程に朱く染まっていた、これから起こる災いを暗示するかのように····
続く
ファニルは平民やから淑女の勉強しなくて良いやろ→魔法学園の平民生徒は卒業後に手柄を立てて爵位を貰って貴族になるか貴族と結婚するかのパターンが殆どです。ファニルは王太子の圧力もありますがそれが無くても魔法と座学が満点のため卒業後は宮廷魔道師として爵位を貰っていたでしょうね。
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