5話 闇の中の、わずかな光
間もなく、何度目かの誕生日パーティが始まる。
しかし、リアムの姿がどこにも見えなかった。
──こんなこと、初めてだ。
これまで幾度もループを繰り返した中で、彼が遅れることなど一度たりともなかった。
やはり、未来は確実に変わってきている。
私は静かに胸に手を当てた。
大丈夫。落ち着いてる。
何が起きても、今度こそリアムを死なせたりしない。
⸻⸻⸻
パーティが始まった。
シャンデリアの光がきらめき、音楽が流れ、招待客たちの笑い声が会場に響く。
煌びやかなドレスと嘘に塗れた笑顔が咲き乱れる中で、私は完璧な令嬢として、静かにそこにいた。
けれど──すべてが、どこか遠い。
ガラス越しに眺めるような、現実感のない空間。
ここが、自分の終わりの場所になるのかもしれないと思うと、胸の奥が冷たくなった。
「ユリア」
ふいに、呼ばれた。
騒がしい会場のざわめきの中でも、その声だけは、はっきりと届いた。
振り向くと──リアムがいた。
リアムの顔を見て、ハッとした。
彼の表情は、これまでに見たどの瞬間よりも、切実で、苦しげで──そして怒っていた。
「リアム……? どうしたの……?」
どこにいたの、何をしてたの──そんな言葉が喉まで出かかったけど、それよりも彼の痛々しい表情に、胸が締め付けられた。
リアムは周りの視線も気にせず、真っ直ぐに私の元へやって来る。
そして、私の手を強く、逃がさないように掴んだ。
その熱に、心臓が跳ねる。
「……お前、なにをしようとしてる?」
鋭く、突き刺すような言葉だった。
こんなふうにリアムが怒りを見せたのは初めてだった。
「……どうしたの、リアム。そんな怖い顔して」
私は必死に笑顔を作って、そう言った。
でも、リアムは首を横に振った。
「……お前、俺のために何度死んだんだ?」
その一言に、息が止まった。
音も、空気も、すべてが凍ったように感じた。
「……なん、で……?」
「なんでって……それは、こっちのセリフだ!」
リアムの声が、低く震えた。
彼の手が、私の手をさらに強く握る。
「なんでいつも、全部一人で抱え込むんだよ!そんなに簡単に、自分の命を捨てんなよ…!」
「簡単じゃない……っ!」
私の声がかすれた。
──だって、あなたは……っ
あなたこそ、私のためなら平気で自分の命を犠牲にするじゃない…っ!
私を助け、目の前で血を流すあなたを何度見てきたか。
叫んでも、祈っても、届かない──その恐怖は、痛いほど胸に焼き付いてる。
「もうこれ以上、目の前で……私を庇って、倒れていくあなたを、見るのは耐えられないのよ…」
声が震え、自然と涙がこぼれた。
「私はもう、この流れを終わらせたいの。あなたの死がどれほど私を壊したか……あなたにはわからないでしょう……?」
何をしても、運命は変わらなかった。
彼が死ぬ未来だけは、どうしても避けられなかった。
死を選ぶことが、簡単なわけない。
怖い、苦しい、つらい、本当は死にたくない。
でも、それよりも──彼の死をもう見たくない。
言葉が喉に詰まる。
痛みが、胸の奥を焼いた。
彼は尖った眼差しで私を睨んだ。
「ああ、わからないね。だけどなぁ、お前こそ、俺の気持ちを知らないだろう!」
悲痛な叫びだった。
リアムの目から、一筋、涙がこぼれた。
腕をぐっと引かれ、彼の胸の中に体が傾く。
そのままぎゅっと抱きしめられた。
「……頼むからこれ以上、一人で傷つかないでくれ…」
リアムの身体が、こんなにガッシリしていると知らなかった。必死に堰き止めていたものが外れ、涙が止めどなく溢れた。リアムも私の身体と同じくらい震えていた。
「お前こそ、俺の気持ちをわかってない。お前の命を救えるなら……俺はこの国が滅んだっていい」
彼の言葉が、胸の奥に深く突き刺さる。
怖いくらいに真剣で、痛いほどに真っ直ぐで──
だからこそ、私はうまく呼吸ができなくなった。
「……そんなの……おかしいよ……」
私は小さな声で、絞り出すように呟いた。
「私一人の命なんて、そんな……国と引き換えにできるようなものじゃ……ない……」
リアムは静かに首を振った。
「俺にとってはそうなんだよ。」
その声に、嘘はなかった。
私は俯いたまま、唇を噛んだ。
熱いものが喉元まで込み上げてくる。
ああ、どうして、こんなにも彼は──
「……どうして、そんなふうに言えるの?」
リアムは、少しだけ眉をひそめた。
「………お前のことが好きだからに決まってんだろ。気づけよ、バカ」
その言葉に、私はもう何も言えなかった。
泣きたくて、叫びたくて、でも何も出てこなかった。
「だからもう、絶対一人でいなくなろうとするな。言っとくけど、お前が死んだら俺も後を追って死ぬからな」
強く、優しい声だった。
リアムの熱が、思いが、決意が、心に心地よく伝わってくる。
「私も………リアムが死んだら後を追うから」
「そうみたいだな」
いつものように、フッと笑った。
「俺のせいで、いっぱい辛い思いをさせて悪かった。でも、俺は絶対にお前を残して死なない。お前を絶対に諦めない。だから、お前も俺との未来を絶対に諦めるな。わかったか」
私は頷いた。涙を流しながら、何度も何度も。
──その時だった。
リアムの腕の中で、私は確かに感じた。
空気が、変わった。
背筋を撫でるような、冷たい気配。
感じ慣れた、けれど最悪な、あの"ざわめき感"。
また来た。
私を、そしてリアムを、殺すための──刺客が。