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2話 繰り返される、絶望の前に

「ユリア様、おはようございます。」


カーテンを開ける音。差し込む光。ルナの落ち着いた声が響いた。


真っ白な天蓋。清潔なリネンの香り。

……ここは、私の部屋……?


ルナの声とは裏腹に、私の呼吸は乱れていた。


額から汗が滴る。胸の奥がざわついている。

確かにさっき、リアムの胸には刃が突き刺さっていた。

そして私も——。


「……あれは……夢……?」


体を起こしながら呟いたその言葉に、手が震えていた。


私はその手で、枕元に置かれたプレゼントのリボンを解く。

中に入っていたのは、緑色の髪飾り。


——知っていた。開ける前から。


(……違う、あれは夢じゃ、ない……)


あの、焼けるようで凍えるような痛み。真っ赤な鮮血。


堰を切ったように、胸の奥がきしむ。

先ほどの光景が波のように押し寄せて、辛さと痛さに涙が出そうになった。


(私は、誕生日の朝に戻ってきた……?)


リアムが死ぬのも、自分が死ぬのもどうしようもなく怖かった。


でも、今度は知っている。


刺客が来る未来を、襲われる未来を、守れなかった命を。


私はこの目でしっかり見てきた。

知っているなら、防ぐこともできるはずだ。


「ユリア様、深刻な顔をしてどうされましたか?」

「……いや、なんでもないわ、ルナ」


心配そうなルナの瞳と目が合う。

彼女もまた、以前と同じように接してくる。


(ルナは、この世界に戻った自覚はない)


私だけが知っている。

あの夜のことも、リアムの最期も。


(なら、私が変えるしかない)


気を緩めたら泣き出してしまいそうで、私はゆっくりと立ち上がった。

まずは、情報収集からだ。


「ルナ、今日のパーティの招待客リストを用意してくれる?なるべく早く」


「……承知いたしました。確認してまいりますので、少々お待ちくださいませ」


ルナが扉から出ていく。

それと入れ替わりにリアムが姿を現した。


「……さっきルナがバタバタしていったけど、なんか問題でもあったのか?」


深青の瞳に整えられた髪。

いつもの制服。いつもの口調。


(……本当に…生きててよかった……)


思わず胸が詰まった。


どこも痛いところはないか、怪我はないかと彼の肩、胸元、首筋と視線を這わせ、何度も確かめるように見てしまう。


「……お前、そんなに俺を見てどうしたんだよ。まぁ、俺はかっこいいから見たくなる気持ちもわかるけどな?」


「ふふ、そうかもね」


笑ったつもりが、喉の奥が震えて、涙がにじみそうになった。

リアムは私の様子がいつもと違うことに眉をひそめ、少し訝しむような目を向けた。


そして軽く息を吐いて聞いた。


「で、なにかあったのか?」

「あのね、実は……」


——いや、だめだ。リアムに言うわけにはいかない。


私だったら自分が死ぬ未来など知りたくない。

そもそも信じてもらえるかもわからない。


そしてなにより、打ち明けてしまうとリアムをさらに辛い目に巻き込む気がした。


「いや………大丈夫。大丈夫なの」

「……は?なにが?」


大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせるように言った。

そうじゃないと、またすぐに彼が消えてしまう気がした。


「……お前、ほんとに変だぞ今日。誕生日だからって感情おかしくないか?」


「リアム……今日、何があっても絶対に一人にならないで。お願い」


「お、おう……? 何だよ、いきなり」


驚きつつも、私の真剣な目に彼は言った。


「……わかったよ」


その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。


彼が死ぬ未来を見てきた私だけが、知っている。

目の前で倒れる怖さ、何度も押さえても止まらない赤黒い血に、

だんだんと肌の熱が失われていく絶望。


どうにかして、未来を変えなければ。


私はリアムの姿を見て、再度強く思った。


⸻⸻⸻

夕刻が近づき、パーティの準備が始まろうとしていた。


私は静かに、意を決する。


「ルナ……お医者様を呼んできてくれない?なんだか体調が悪くて…」

私は頭を押さえながら、なるべく虚げな声を出して言った。


「お嬢様、頭が痛いのですか?安静にされててください。すぐ、呼んできます」


「ごめんなさい。……今日のパーティは中止にして欲しいってお父様にも伝えてくれる?」


「え?」


「……お父様に夜会は出られないって」


「ユリア様……本当に、中止にしてよろしいのですか?」


「ええ。……ごめんなさい。どうしても辛いの」


小さな声でそう言うと、ルナは一瞬黙ってから、静かにうなずいた。


「わかりました。……私が全部、話します。だから、休んでいてくださいね」


ルナが出ていくとため息が出た。


誕生日パーティを中止にする。

それが私が思いつく、最善の策だった。


ただ、父のことが少し気がかりだった。

彼はパーティを中止することを良く思わないだろう。


"私の誕生日パーティ"とは名ばかりで、実際の目的はヴァレンタイン家の権力のアピールとそれに伴う政治的なやり取りだ。


でも、リアムの命には変えられない。

お父様が来た時のために、私は精一杯具合が悪いふりをして、布団を被った。


しばらくすると、部屋の外でノックの音がした。

もうお父様が嫌味を言いにきたのかと思って身構えたが、返事をするとリアムが部屋に入ってきた。


「ルナに聞いた。お前、具合悪いのか?」


「ちょっとね。でも、部屋で大人しくしてるから大丈夫」


リアムは私の横まで近づき、いつもより少し真面目な顔で言った。


「……お前、変だぞ。今日の朝からずっと」


彼の言葉にどきっとする。


「……そんなことないよ。でもちょっと頭は痛いかも」


「いや、お前は今まで、倒れるくらい熱があってもパーティを中止にすることはなかった。一体……なにがあったんだ?」


リアムの顔が見れなかった。


リアムが死ぬ夢を見たの。

でもそれは夢というには、あまりに現実だったの。

だからそれを防ごうとパーティを中止にしたの。


そう言えたらどんなに楽だろう。

⸻でも。


「……本当になんでもないよ。寝たいから部屋から出ていってもらえる?」


リアムの顔を見ずに言った。


しばらく間があった。


リアムは諦めたようにため息をついて、いきなり私の髪の毛をぐじゃぐじゃにしてきた。


「……な、なにするのよ!」


「ばーか。お前がなんか隠してるのなんてバレバレなんだよ。今回は気づかなかったことにしてやるけどな、本当に無理になったら言えよ」


私の顔を覗き込んで、少しいじわるな、でも優しい顔でそう言った。


リアムのおかげで、朝から張り詰めていた緊張の糸が少し緩んだ。


この人が、また私の目の前からいなくなるなんて、絶対に、いやだ。


今度こそ守る。

例えどんな手を使っても、誰に嫌われても、命に代えても

⸻絶対に。


⸻⸻⸻

パーティは中止にした。

寝込んでいるふりをし、侍女たちを遠ざけ、灯りを落とした。


これで……あの結末を回避できる。

今度はリアムを、死なせずにすむ。


私は胸元をぎゅっと握りしめた。

心臓の奥で、ずっとざわざわとした感覚が消えてくれない。


——どうか、何も起きませんように。


扉の向こうに、彼の気配を感じる。

私の護衛として、廊下で警備をしてくれている。ずっと変わらない。

いつだって彼は、私の近くにいてくれた。


「……リアム」


名前をそっと口にする。


それだけで少し、胸の奥があたたかくなる。

明日の朝になったら、いつもみたいにおはようって言って、

またたわいもない話をして。


そのときだった。


——⸻ガシャン


遠くで、硝子の割れる音がした。


私は、息を呑んだ。身動きができなかった。


(……まさか……っ)


背筋が凍る。音のした方角は、廊下——彼が立っている方面。


体が、心が、叫んだ。


「リアム!!」


私は扉を開け、寝巻きのまま駆け出していた。

いつもの屋敷の空気と違う。

殺伐とした、ひりひりする感覚。


長い廊下の向こう、影が動くのが見えた。


黒い、人影。

多くの刺客がリアムを倒そうと襲いかかる。


「やめて!!」


その一言にリアムが反応した。

その瞬間、刃が閃いた。


世界が、スローモーションになった気がした。


目の前で、リアムの胸に、深く剣が突き立てられる。


「リアム……っ!!」


鮮血が、広がった。


赤黒い飛沫が、世界を埋めていく。

時間が止まり、絶望に溺れる。

信じられない、信じたくない……っ


私は彼のもとへ駆け寄ろうとした。


「来るな!」


それは彼の怒号だった。


「邪魔だ!お前は……部屋に篭ってろ……!」


声が、響いた。

最後の力を振り絞った声だった。


「……誕生日なのに、悪かったな……」


その声を最後に彼の身体が、ふらりと揺れて倒れた。


知ってた。全部、知ってた。

彼が殺される未来を、私は見た。

止まらない血を、弱まっていく鼓動を、冷たくなる体を、私は見た。


だから止めようとした。だから備えた。


知ってたのに

知ってたのに

知ってたのに


涙が止まらなかった。

視界が歪む。


前回と違うところ。

それは、今回彼を殺したのは、私だ。


私が何もできないのに出てきたから。

私が誰かに守られてばかりだから。

私が、「令嬢」でしかないから。


胸の奥が、焼けるように痛い。


悔しい。苦しい。やりきれない。


非力な自分が大嫌いだ。


私は、声にならない声で叫んだ。

彼の名前を、何度も、何度も。


リアムに謝りたい。もう一度会いたい。

もう二度と、彼を死なせたくない。


震える手で、落ちていたガラスの破片を握りしめる。


今度こそ、絶対に……リアムを殺させない。


破片を首に沿わせると、赤い雫が止めどなく溢れた。


待ってて、リアム。次こそは助けるから。


目の前が、また闇に染まっていった。

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