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交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」  作者: ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
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第2楽章 Andante con moto

春の午後、音楽室には柔らかな光が差し込んでいた。

昨日の嵐のような練習が嘘みたいに、空気は静かで、どこか神聖だった。


俺は、チェロの弓をゆっくりと滑らせながら、大河の横顔をちらりと見た。

彼女はピアノの前で譜面を見つめている。

その表情は、いつもより少し穏やかで、何かを思い出しているようだった。


「……昨日のテンポ、ちょっと速かったな」

俺がぼそっと言うと、大河は鍵盤に指を置いたまま、ふっと笑った。


「そうね。でも、あなたのチェロが、ちゃんとついてきてくれたから」


その言葉は、まるで手紙みたいだった。

まだ封を開けていないけれど、確かにそこに気持ちが込められている。


「……褒めてんのか、それ」

「さあ、どうかしら?」


実乃梨が、フルートを抱えながら微笑んでいる。

「ねえねえ、二人って、なんか最近いい感じじゃない?」


「は? どこがだよ」

「うん、竜児くん、大河ちゃんのこと、ちょっと好きでしょ?」


「……うるさい」


顔が熱くなる。

俺は、チェロの弦を少し強く弾いた。

その音は、どこか照れ隠しのようだった。


第二楽章の練習が始まる。

テンポはゆっくり。

旋律は優しく、そして少し切ない。


大河のピアノが、静かに語りかけるように響く。

俺のチェロが、それに応えるように寄り添う。

実乃梨のフルートが、二人の間を優しく包み込む。


音楽は、まるで三人の心の距離を少しずつ縮めていくようだった。

それは、過去の記憶でも、未来の予感でもない。

ただ、今この瞬間にしかない、静かな共鳴だった。


目を閉じる。

音の中に、大河の姿が浮かぶ。

湖のほとりに立つ彼女。風に髪を揺らし、何かを見つめている。

彼女は何も言わない。

でも、音楽が語っていた。


「私は、ここにいる」


旋律は変化する。

少しずつ、確かに。

悲しみを抱えながらも、歩き出すように。


そして、ふと差し込む光。

木漏れ日のような一瞬の輝き。

それはすぐに過ぎ去るけれど、確かにそこにあった。


目を開ける。

音楽室は静かだった。

でも、何かが変わっていた。


俺の中で。


立ち上がる。

昨日よりも、少しだけゆっくりと。

それは疲れじゃない。

歩き方を思い出したからだ。


音楽室の扉の向こうに、次の楽章が待っている。

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