「2人の未来」
はじめに、この物語はフィクションであり実在の人物や団体などとは関係ありません。ご理解いただいた上でお読みください。
警察のサイレンが鳴り響き、パトカーの赤色灯が闇夜を切り裂く。田中は、駆けつけた警察官によって取り押さえられ、連行されていく。その顔には、狂気と諦めが混じり合っていた。須藤咲紅さんは、震えながらも5歳の長男蓮くんを強く抱きしめている。真尋は警察に状況を説明し、清真は横で顔の傷を抑えながらも、その様子を見守っていた。
「清真、大丈夫? 顔、ひどい傷じゃない?」真尋が心配そうに尋ねる。
清真は、口の中に広がる鉄の味を感じながらも、どこか晴れやかな顔で笑った。「これくらい、どうってことないよ それより、須藤さんが無事でよかった」
その言葉に、真尋は安堵の息を漏らす。彼らは、確かに過去を変えたのだ。そして、その事実に、言いようのない達成感と、一抹の不安を覚えた。
警察での事情聴取は困難を極めだが何とか切り抜けた。事情聴取を終え、夜が明ける頃、名護八神宮の参道脇にあるベンチに清真と真尋は並んで座っていた。疲労困憊ではあったが、二人の顔には達成感が浮かんでいる。
「本当に、夢みたいだわ あの事件を、私たちが止めたなんて」真尋は警察署で貰った缶コーヒーを両手で包みながら呟いた。
「うん。でも、これで未来が変わるんだな」清真は遠くの空を眺めながら言った。彼の心には、未解決事件として記憶していた過去が、今、自分たちの手で解決されたという事実が深く刻まれている。
「ええ…私たちのいた未来では、須藤さんは殺され、蓮くんは施設に預けられていた でも、この過去が変わったことで、彼らの人生も変わる それは、とても意味のあることよ」真尋の目には、希望の光が宿っていた。
ふと、真尋は清真の顔に目を向けた。「清真は、これからどうするの?」
清真は少し考えた。「俺は…まだわからない でも、今回のことで、与えられた命を大事にしろって言ってた母さんの言葉の意味が、少しだけわかった気がする もっと、自分の人生に意味をもって、自分の足で切り開いていかなきゃって」
真尋は優しく微笑んだ。「そうね!きっと、素晴らしい未来が待っているわ」
二人はしばらく互いの顔を見つめた後、微笑みながら固く握手を交わした。その瞬間、再びあの眩い光が二人の視界を包み込む。強烈な光に、思わず目を閉じる。
光が収まると、二人は、2025年6月、あの古いアパートの階段で肩がぶつかった瞬間の姿勢に戻っていた。
「いっ」清真がぶつかった衝撃で声を上げる。
「すみません、大丈夫ですか?」真尋が謝る。
二人は、反射的に離れようとした手を、互いの指先が触れたところで止める。そして、ゆっくりと互いの顔を見上げた。
「…戻った」清真が震える声で言った。
真尋もまた、大きく息を吐いた。「ええ。戻ったわ」
周囲の風景は、彼らがタイムリープする前と何ら変わらない、2025年の名護八市の風景が広がっていた。しかし、彼らの心の中には、確かにあの過去の出来事が刻まれている。
………
二人はそれぞれ、元の普通の生活に戻っていた。清真は高校生として、真尋はオカルト雑誌記者として。しかし、彼らの世界は、ほんの少しだけ変わっていた。
ある日、清真がスマホで事件の情報を調べると、「名護八シングルマザー殺人事件」という未解決事件は、もはや存在しなかった。代わりに、「2003年名護八アパート殺人未遂事件、被疑者逮捕」というニュース記事を見つけた。記事には、逮捕された犯人の名前も記されており、それは田中だった。
田中、彼は日頃から自宅で愛玩動物を殺すことに喜びを感じていたという。一見、人当たりが良く、医者としての評価も高かったため、周囲の誰もその異常性に気づくことはなかった。田中は、取り調べに対し、意外な供述を始めた。事件前日の夜、田中は自身のクリニックからの帰り道、近くの名護八神宮へと続く参道脇の薄暗い道で、被害者が幼い子どもを連れて立ち止まっているのを見かけた。被害者は誰かと電話で話しており、その明るい声が、普段から潔癖症気味だった田中の神経を逆撫でした。田中は、その楽しそうな話し声が、まるで自分を嘲笑しているかのように感じ、被害者に対して強い憎悪を抱いた。そして翌日、自分が経営する病院で偶然被害者を見かけたことで、その憎悪が増幅し、犯行を決意したと供述した。たったこれだけの動機だった。
清真は、自分が「田中のおっちゃん」という人物からあの事件の話を聞いたという記憶に違和感を覚えた。それはまるで、夢と現実の境目が曖昧になったような感覚だった。彼は、先日再会した健太に連絡を取った。「健太、あのさ、小学校の時に近所の公園で紙芝居読みに来てくれてた田中のおっちゃんって覚えてる?」
健太からの返信はすぐに来た。「田中のおっちゃん? 誰それ? そんな人いたっけ? 俺は紙芝居の記憶自体ないな」
健太の返信に、清真は大きな衝撃を受けた 彼の記憶の中では、確かに「田中のおっちゃん」は存在し、あの事件の話をしてくれたはずだ。そして、紙芝居の記憶も鮮明に残っている。しかし、健太にはその記憶が全くない。これは、彼らが過去を変えたことによって、その「田中のおっちゃん」という人物が、清真の人生において「紙芝居を読み、事件について語った人物」としては存在しなくなったことを示唆していた。彼の記憶は残っているものの、それが現実の世界に存在しないという奇妙な状況に、清真は戸惑いを隠せなかった。
真尋もまた、自分の雑誌のデータベースを調べていた。そこには「名護八勝田町シングルマザー殺人事件」の特集は存在せず、代わりに、自分の企画書の中に、この事件の犯人逮捕の記事が埋もれているのを見つけた。彼女の雑誌は、廃刊の危機を乗り越え、今やオカルト専門誌として、他誌にない独自の視点と深い洞察力で読者から熱狂的な支持を得ていた。彼女が過去で得た知識と経験は、新たな扉を開く力となったのだ。部長は、彼女の仕事ぶりを高く評価し、次号からは彼女が副編集長を務めることが決定していた。
7月最後の週末、清真は勝田神宮の夏祭りにアルバイトとして参加していた。毎年恒例の夏祭りは多くの人で賑わっていた。 清真はかき氷屋の手伝いをしていた。汗を拭いながら、かき氷をお客さんに配っていると、遠くから見慣れた顔が近づいてくる。
「清真くん、久しぶりじゃない!」
真尋だった。浴衣姿の真尋は普段の記者の姿とはまた違った雰囲気だった。
「真尋さん!お久しぶりです!プライベートですか?」清真は純粋に尋ねた。
「違うわよ」真尋は少し怪訝な顔で答えた。真尋は続けて「取材よ!このお祭りでなにか不思議な事がないか、ね 聞き込みしてるのよ!」真尋は楽しげに目を細めた。「清真くんはバイト?偉いじゃない」
「まぁ、これも一つの経験かなと それに、人が喜んでくれるのってやっぱり嬉しいなって」清真は少し照れながら答えた。
清真の休憩時間になり、2人は少しだけ屋台から離れた場所で、並んで夜空に打ち上がる花火を見あげた。
「そういえば、あの後、色々変わってたでしょう? 清真くんの記憶とか…」真尋が切り出した。
清真は頷いた。「はい…健太に聞いても、田中のおっちゃんの事、誰も知らないって まるで、最初からいなかったみたいに…」
「私もよ あの事件の記事はあったけど、特集はまるっきりなくなってた。でも、おかげで私の雑誌は新しい道を見つけたわ 副編集長になったの」真尋は、少し照れながらも嬉しそうに言った。「すごい! おめでとうございます!」清真は心から祝福した。
「ありがとう!これも、清真くんがいたからよ!一人だったら、きっとあそこまで踏み込めなかった」真尋が清真の目を見て言った。
清真もまた、真尋の言葉に深く頷いた。「俺もです!真尋さんがいなかったら、あの犯人を止めることなんてできなかった」
二人の間には、あの夜の緊迫した状況を共に乗り越えた者同士にしかわからない、深い理解と絆が確かに存在していた。それは、時間や記憶の改変によって失われることのない、確かなLINKだった。
色とりどりの光が、夜空を彩る。
その時、警備の腕章をつけた若者が二人の前に立ちはだかった。
「すみません、この辺りは立ち止まらないでください。混雑しているので、スムーズな移動にご協力をお願いします」
若者の声に、清真と真尋が反応する。
「はい、すみません」真尋がすぐに答える。
清真がふと、彼の腕章に目をやった。そこには、小さな名札がついていた。
「須藤…蓮…?」清真が思わず呟いた。
その名前に、真尋の顔色が変わった。
「えっ…?」警察官の須藤蓮は清真と真尋が自分の事を知っていることに驚き、きょとんとした顔で二人を見つめた。
清真と真尋は、互いに顔を見合わせた。「いえ 何でもないです すいませんでした」真尋が慌てて答える。「ご苦労さまです!」清真と真尋は息を合わせたかの様に挨拶をした。「はい!ご協力ありがとうございます!」2人の警察官は深く頭を下げた。清真と真尋はその場から離れた。
自分たちの行為が、彼にどんな影響を与えたのか分からない。もしかしたら自分達の行為で、そんなに変わっていないのかも知れない…ただ目の前にいた彼の顔には、あの時の苦しそうな面影は一切なく、健全に成長した青年としての凛々しさが宿っていた。
2人の胸は熱くそして幸福感で溢れていた。
「ねえ、清真くん」
「はい?」
「あんな危険な事は流石に厳しいけど…でももし何か困った事があったら、また力を貸してくれる?」真尋の瞳が、いたずらっぽく輝いた。
清真は、躊躇なく頷いた。「もちろん!いつでも力になります!」
花火が夜空に大輪の花を咲かせ、人々の歓声が響き渡る。彼らの未来は、過去を変えたことで、新しい可能性に満ちていた。そして、いつかまた、どこかで、彼らが、歴史の裏に隠された真実を解き明かすために、その手を重ねる日が来るのかもしれない。
ご愛読ありがとうございました。
2部の構成は大まかに考えてはおります。
皆さんお楽しみに!………と楽しみにしてる方いなさそうですが、書きますよ私は(笑)!!