「タイムリープ」
はじめに、この物語はフィクションであり実在の人物や団体などとは関係ありません。ご理解いただいた上でお読みください。
強烈な光が収まった時、清真と真尋は、アパートの駐車場に立っていた。さっき階段の前にいたはずなのに…。アパート全体はどこか違和感を放っている。壁のシミや剥がれが消え、真新しいかのように見えた。その真新しい壁は、以前のくすんだ灰色ではなく、陽光を受けて白く輝き、窓ガラスはまるで磨かれた鏡のように街の景色を映していた。隣には、先ほどぶつかったばかりの女性が、清真と同じように呆然とした顔で立ち尽くしている。
「え…あの、大丈夫ですか?」清真は思わず声をかけたが、声は震えていた。被害者の絶望的な状況と死の淵の漠然とした記憶が頭の中を一瞬駆け巡るような不気味な感覚がしていた。
真尋も、明らかな動揺を浮かべた。「ええ…あなたも、一体何が…?」彼女の脳裏にも、被害者が死を迎える瞬間と幼い日の事故の断片的な記憶が蘇っていた。
互いの顔に、恐怖と混乱が渦巻いていた。この圧倒的に異常な状況が彼らを包み込む。言葉を失い、ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。やがて、真尋が重い口を開いた。「とにかく、ここを離れましょう。どうなっているのか、確かめる必要があります」
清真もその言葉に頷いた。
二人は軽く会釈を交わし、それぞれの家路に向かう。清真はどこか現実味を感じられずにいた。夢か、幻覚か。しかし、あまりにも現実味を帯びている。不安に駆られ、自宅のドアを開ける。そこにいたのは、まだ若々しい父親の姿だった。
父親は慌てた様子で家の玄関にいた。「ただいま」清真が声をかけると、驚いた顔で彼を凝視した。
「誰だ、あんた!いきなり人の家に押し入って、何するつもりだ!」父親は警戒した声で問う。
清真は、自分がまるで不審者になったかのような、強烈な疎外感に襲われ、それ以上そこにいることができず、逃げるように自宅を後にした。「父ちゃんなぜ…それに玄関のカレンダーが2005年になってた…」清真は言いようのない不安を感じた。
一方、真尋も信じられない事態に直面していた。見慣れたはずの街並みを歩くが、電柱の広告や、店の看板、行き交う人々の服装が、どこか古めかしい。自宅マンションのエントランスに入ると、内装が以前と違っていた。部屋の鍵を開けようとすると、鍵が合わない。焦ってインターホンを鳴らすと、出てきたのは見知らぬ中年女性だった。
「どちら様ですか? うちは〇〇ですけど」
真尋は愕然とした。自分の部屋のはずなのに、別の誰かが住んでいる。今度は、自身の実家へと向かった。歩くには少し遠い道のりだったが、状況確認のためには致し方ない。ようやく実家に着き、見慣れたはずの扉の前に立つ。しかし、何度チャイムを鳴らしても応答はない。留守のようだ。
不安と混乱に包まれ、真尋は状況を確かめるため、近くのコンビニへと足を運んだ。レジに立っているのは見知らぬ若い店員で、店内の陳列や商品もどこか古めかしい。真尋は違和感を覚えながら、雑誌コーナーへと向かった。そこに並べられた週刊誌やスポーツ新聞の日付に目をやると、どれもが「2005年7月25日」と記されている。「まさか…」真尋は震える手でスマートフォンを取り出し、インターネットで検索してみるが、やはり表示されるニュースは2005年のものばかり。そして、検索窓に「名護八勝田町シングルマザー殺人事件」と打ち込むと、2年前に発生した未解決事件として記事が次々と表示された。
真尋は、自分が過去に「存在」しているというよりは、まるで「入り込んでしまった」感覚に陥った。この状況を誰かに話しても、きっと精神がおかしくなったと思われるだろう。
二人は見慣れたはずの自分の街で、見慣れないはずの現実に直面している。タイムリープしたという非現実的な現象に驚きと混乱を覚えながらも、彼らの心には、漠然とした共通の問いが生まれていた。「なぜ、事件の2年後に?」と。
まだ彼らは気づいていなかった…