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「出会い」

はじめに、この物語はフィクションであり実在の人物や団体などとは関係ありません。ご理解いただいた上でお読みください。


事件概要 「名護八市勝田町シングルマザー殺人事件」

2003年7月25日午前0時から午前3時ごろの間に、名護八市勝田町のアパートで、28歳の主婦が首や腹、下半身など何箇所も刺され亡くなった。翌朝10時遊ぶ約束をしていた友人によって発見されました。

5歳の長男は無事だった。 

【事件の経緯】

当時午前2時頃に「ドンッ」という物音で近隣住民目を覚ましたがしばらくしたら収まったのでそのまま眠りについた。

午前3時頃にタクシー運転手により被害者宅近くの公園で怪しい女が目撃されている。

また被害者宅では犯人のと思われる足跡と血痕が残っていた。血液鑑定した結果O型で女性のものだった。被害者の血液型はA型である。

有力な情報もあり早期解決されると思われていたが、2025年未だに解決されいない。

2025年6月。うだるような暑さがアスファルトを揺らした。古田清真こた きよまさ、21歳。名護八子大学に通う彼は、この日もまっすぐに家路についていた。陸上サークルだったが、3ヶ月前のケガでやめてからはすっかり帰宅部だ。今はもう完治しているものの、サークルに戻る気になれないまま、家でYouTubeを眺めるのが日課となっていた。


家に帰り着くと、リビングからテレビの音が漏れてくる。10歳の弟がアニメに夢中になっている横で、ソファに座る母親が清真に目を向けた。


「清真、またYouTubeばっかり見てるの? せっかくの大学生なんだから、もっと外に出て友達と遊びなさいよ。だいたい、あんたは与えられた命をね、もっと大事にしないとダメよ」


母親の口癖だ。清真はうんざりしながらも、適当に相槌を打つ。陸上サークルをやめて以来、この手の小言が増えた。与えられた命を大事にしろ、とか、大学生活を謳歌しろ、とか。まるで自分が廃人のように言われるのが、清真は心底嫌だった。自分の人生なんだから、好きにさせてくれ。そんな反抗心が顔に出てしまう前に、自分の部屋へ逃げ込んだ。


父と母、そして10歳の弟との4人家族。家ではあまり喋らない、学校では誰とでもそれなりに仲が良いが突出して気の合う友達もいない、そんな少しドライな大学生だった。


いつものようにYouTubeを漁っていると、ふと、懐かしいサムネイルが目に飛び込んできた。それは、小学生の頃に近所の公園で定期的に開催されていた地域の触れ合いイベントにボランティアで参加していた子供たちに親しみやすい語り口で紙芝居を読んでくれていたおじさんが時より話してくれた、あの名護八シングルマザー殺人事件を扱った都市伝説系の動画だった。子供心にゾッとした記憶が蘇る。清真は当時の記事が読みたくなり、市の図書館に向かった。その際、小学生の時の友人、健太と偶然出会う。健太もこの事件に興味があると言い、一緒に事件現場に行く約束を取り付けた。しかし、集合時間になっても健太は待ち合わせにこない。集合時間から5分を過ぎたとこで健太から「ごめん!今日やっぱり無理かも」と連絡がきた。健太は昔からいい加減なやつだ…と思いながらも「分かったよ!」と返信して清真は一人で事件現場に向かうことにした。


清真はスマホで事件当時の間取り図を眺めながら、あの古びたアパートの前に立っていた。目の前のアパートはただの寂れた建物にしか見えない。それでも、不意に、ぞわりと背筋が凍るような悪寒がした。まるで、死者の冷たい吐息に触れたかのような、彼自身の記憶の奥底にある、幼い頃の死の淵を彷徨ったような漠然とした感覚が呼び起こされるかのようだった。


同じ頃、須見真尋すみ まひろ、32歳は、廃刊寸前のオカルト雑誌の編集部で頭を抱えていた。「SHIGEDAN」という名の大きな出版社に勤める彼女は、3年前、デザイン部署での大きな仕事のミスで、このぱっとないオカルト部署に飛ばされて以来、キャリアは停滞していた。部員は部長を含め男3人、女1人。皆どこか覇気がなく、真尋だけが唯一、この部署を立て直そうと必死だった。


その日も、真尋はデスクで資料を広げ、唸っていた。


「須見、例の『未解決名護八シングルマザー殺人事件特集』の進捗どうなってる?」


部長の、覇気のない声が飛んできた。


「それが、部長。有力な情報が全く得られなくて…」


真尋は、これまでの聞き込みや資料収集の成果を説明した。しかし、部長の表情は変わらない。


「そんなこと言ったって、これが最後の企画なんだぞ。コケたら、オカルト部署は廃止、お前もクビだ」


部長は真尋に突きつけた企画書を指で叩き、ため息をついた。


「なんとか、食らいついてくれよ。うちの部署も、もう後がないんだ」


部員たちも、それぞれのデスクで気のない返事をするばかり。真尋は焦燥感に駆られ、藁にもすがる思いで、最後の望みをかけ事件現場のアパートへ足を運ぶことにした。


アパートの中に入り、階段を上っていくと、足元からギシギシと嫌な音がする。そんな音に気を取られながら、真尋は階段を登りきった。その瞬間、ドンッと軽い衝撃と共に、誰かと肩がぶつかる。


「いっ」


反射的に声が聞こえた。ぶつかった拍子に、バランスを崩した二人は階段から飛ぶようにして落ちた。清真の腕が真尋の腕に絡まり、手が触れ合う。その指先が、まるで電気でも走ったかのようにビリッと痺れた。まるで磁石に吸い寄せられるかのように、掌と掌が吸い付いたまま離れない。二人は落ちていく途中、死の光景がフラッシュバックした。


階段から落ちた二人は幸いにも怪我はなかった。「すみません、大丈夫ですか?」


ぶつかった相手は、自分よりかなり年下の少年、大学生くらいだろうか。清真も真尋も、互いの手が離れないことに困惑していると、突然、周囲の風景が歪み始めた。アパートの古びた壁が、みるみるうちに鮮やかな色を取り戻し、窓ガラスの汚れが消えていく。聞こえてくるのは、2025年には存在しないはずの、どこか懐かしい日常の喧騒。二人の視界は、瞬く間に光に包まれ、真っ白になった。

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