第二章② 急ににぎやかになってきた!
YouTubeにて音声動画上げてます
OP「なりたい自分になればいい」
https://youtube.com/shorts/dFH4la04NC4
お手数ですがブラウザでコピペしてお聴きください
自己紹介しよう。
オレの名はカナート=オヌマー。
ふぅ…いい響きだ。
現在オレの中で声に出したい日本語、ダントツナンバー1だ。
…日本語なのか?
少し懐かしい響きも感じるが。
ともかくメルリが付けてくれた名前だ、良いに決まってる。
ときにメルリはスカートの裾を引っ張り、しきりに気にしている。
「どうした?」
「あの…スースーします…」
…そうか、ロングスカートだったのがミニだもんな。そりゃ気になるか。
「最初はそうかもしれんが、そのうち慣れるさ。その方が動きやすいだろう。多分」
「そ、そう…? です…ね…」
テンション低いな。
「それに、よく似合っているぞ、メルリ」
まぁ事実だし。
するとメルリの顔はパァッと明るくなり
「はいっ!」
とても元気な返事が返ってきた。
…衣装が変わって不安だった…のかな?
◆
そんなこんなで寄り道先に到着。ヒエロフという小さな町だ。町と言うくらいだから昨日のオムルアよりかは賑やかではある。道沿いには家々ではなくちゃんと店が並んでいる。
その一つに入り、オレたちは少し早い夕食だ。
ちなみに昼メシはパン…のような何かだった。オムルアの宿屋で包んでもらったものなんだが、イマイチ味がよく分からなかった。3人とも無口でモソモソと食べたものだよ…
ではこのヒエロフはどうかと言うと…
「なぁ…『MENU』とは書いてあるが選べないんだが…」
メニューは3種。朝メシ昼メシ晩メシの3つだ。今は晩メシタイムなのでつまりは一択、だ。
「この世界、どこもこんな感じですよ。これから向かうサージエンスはだいぶ違うらしいと聞いていますけど」
「ユーリはまだ行ったことがないのか?」
「ええ。もうこちらへ来て3年以上になりますが、まだ行ったことのないところだらけですよ」
…3年?
「…ユーリって、死んだの何歳のとき?」
「高2ですから17歳…ですか、もう誕生日過ぎてましたし」
「あ?」
「どうなさいました?」
「その…ユーリ…さんって…歳上…でらっしゃいます…ですか?」
こんな算数、オレでも分かる。
17+3=20
生きていれば20歳ってことじゃねぇか?!
「あははは。お気遣いありがとうございます。カナートは何歳の時に?」
「オレも17…」
「じゃぁ享年で言えば同い年じゃないですか」
「そうとも言う…のか?」
「そもそもこの世界では年を取らないんですよ。それに僕は姉に躾けられて元々こんな口調ですし、カナートも喋りやすいようにやっていいですよ。でなければ僕も調子狂っちゃいますからね」
「そ、そう? じゃ気兼ねなく今まで通りに」
「はい。よろしくお願いします」
「いや、それはこっちのセリフかもしれんな」
やべぇ、変な汗出た。
◆
「おーい、ユーくーん!」
夕食時にごった返すメシ屋のざわめきを抜けて、元気な女の声がした。
「ミキセンパイ! ここです!」
ユーリが立ち上がる。
ユーくん、ってユーリのことか。
「いやー、道が混んでてさー」
「大和トンネル辺りですか?」
「一般道だから原宿交差点を先頭に、だよ! おおっとー!? こちらはどちら様ー?」
「ご紹介しましょう。オムルアで一緒になったカナート=オヌマーさんとメルリ嬢です。スカウトしてみました」
「ははははじめまして! メルリとももも申します」
ガタッと音を立てて立ち上がり、腰からパキッと折れたかのようにお辞儀をしてあいさつをするメルリ。
うむ…
…緊張で噛み噛みなのもまたカワイイな。
「オレはカナート=オヌマーだ。カナートで構わない」
「りょ。メルリちゃんとカナっちね」
もうあだ名がついた。
「アタシは三木美希。ミキミキって呼んでねん。で、こっちが」
「ヒミコ=ヤヨイ」
無口キャラか?
「ヒミコって呼んでいいって!」
まだコイツ何も言ってないがいいのか?
それにしても…ヒミコが制服、しかもセーラー服を着ているってのはまぁ置いといて。
…このミキミキって人…ざっくり説明すれば、着ているのはスク水だ。紺地で、首周りと腕周りが白いパイピングになってる、競泳タイプのヤツ。それに各種鎧っぽい何か。ビキニアーマーのスク水版ってところだ。転生時に羞恥心を置いてきてしまったんだろう。
ただ二人ともなんだけど、お胸の方が…その…控えめなので、胸部がさして盛り上がることもなく。もっともメルリを見た後では何もかも霞むとも言えるのだが。それに…ミキミキさんはネコミミ生えてるよ?
「カナっち、キミはなかなかに失礼だねー。まぁいいわ。享年でいえば二人よっかアタシのが上なんだわー。でも距離取られちゃうのはやりにくいから、ふつーでお願いー」
「ミキセンパイ、僕、カナートに【設定】を抜かれたんですよ?」
「エエエエッ? マジで?」
オムルアでもそうだったが、ユーリに勝つのはスゴいことらしい。
「でも【設定】を返してくれたんです」
「ハアアアッ? マジで? サムライじゃん!」
そういえばオムルアでも同じこと言われたな。
「他人の設定には興味がないから。で、サムライって何?」
「うーん、勝負にはこだわっても【設定】にはこだわらない人、って感じかな?」
なんだぁ…もっとカッコいい意味かと思ってたのに…
「それで、いかがです、ご両人とも。コレから一緒に旅をすることになるんですが」
「アタシたちは構わないよ。ね?」
促され、ヒミコが頷く。
「オレも構わないが、メルリは?」
「喜んで。よろしくお願いしますね。ミキミキさん。ヒミコさん」
「うひょー! もぉー! カワイイなぁー!」
「きゃっ!」
ミキミキパイセンがすんげー速さでメルリに抱きつくと
「お…おお…おおおおおお! 何だコレ、すんげー!」
こともあろうか、オッパイを揉み始めた…
「何だコレ、何だコレ! とんでもないこの重量感…これが24時間ぶら下がってるとか…あれ?」
「やめてくださ…あっン」
チャキッ
「ミキミキパイセン。その辺にしておきましょうか」
オレはミキミキパイセンの背後に回り、もう一つの得物であるナイフを首筋に当てる。
…何を羨まけしからんことを!
「いやー、そのー、ですねー、そうそう、メルリちゃん、ブラしてなくない? ちゃんと確認した?」
「な、何を!? そんなの…見たことあるわけ…ないだろ…」
まして触ったことなど!
「あー、やっぱり! カナっちがちゃんとブラジャーを【設定】してあげないと、メルリちゃん、若くして垂れパイになっちゃうよ?」
「ななななんだとぉッ?」
それは困る。それは無い。メルリにはいつまでもカワイく美しくあって欲しい。それがオレの傲慢だとしても。
だがぶぶぶぶらじゃぁなんか男は使わん部品だぞ?
「それはイケないなー。でも【設定】するよりも買ってきた方がいいぞー。何せカナっちが【設定】抜かれれちゃったら、メルリちゃん、すっぽんぽんになっちゃうよ?」
「すっぽ… !」
メルリが真っ赤になりつつ絶句している。
「…どうすればいい?」
「そーだなー…サージエンスに着いたら専門店もあるだろうから、それまで我慢してもらうしかないかなー。コレだけのサイズはなかなかないからねぇ」
「そういうものなのか」
「そういうものなのですよー」
「メルリ、それでいいか?」
「…はい…」
真っ赤になりつつ小声で応える。
メルリの下着か。考えてもみなかった。オレが観測することで初めて【設定】されるとか、シュレディンガーのブラかよ!
ただパイセンの言うことにも一理ある。基本的に攻撃に曝されるのはオレだ。そしてメルリの【設定】はオレの中にある。無論、オレが負けなければイイって話ではあるのだが、一太刀も浴びずに済むかは別問題だ。
「さぁ、晩御飯にしよう! お腹すいたぞー! あ、ここいい? ヒィちゃんも座んなー」
何というマイペース。だがあまり表裏を感じさせない人柄だな。年齢のことを差し置いても、パイセンに付いていくのは、分かる。
◆
「ふぅー! 食った食った! ごちそーさまー」
「ごちそうさま」
パイセンとヒミコも食べ終わってのひと時。
「カナっちー、こっちの食事はどうだったい?」
「うむ…美味くもなく…不味くもなく…」
「まぁ、そんなもんさー。でも美味しいと思って食べた方が幸せになれるよー。この世界じゃ個人の思い込みが幸せ具合を決めるって側面もあるからにー」
【設定】が全てというならそうとも言えるのか。
「とはいえカナっちはこっちの世界の初心者さんだもんねぇ。寝るまでにはまだ早いし、せっかくですからちょっとこっちの世界と【設定】についてお話ししてあげよう! …ユー君が!」
「僕、ですか?」
「だってユー君物知りじゃーん?」
「そんなことないですよ。人は知り得る範囲でしか知ることはできませんから」
「そりゃそうだけど、この中で説明一番上手いのユー君だし」
「ふぅ。分かりました。それじゃぁ…【設定】そのものの話はしましたので、今回は【既定の設定】の話でも」
「既定?」
「プリセットの、あらかじめ用意されている【設定】ということです。例えばカナート、あなたは騎士です」
「はい、そうです」
変な返答しちまった。中学英語の和訳か?
「ではどんな騎士なのか、細かく決めましたか?」
「うーん、せいぜい着るものとか武器とか、そんなもんだったな」
「メルリさんはどうでしょう? エルフ、と設定されていますが」
メルリを見るが、当の本人は「何のことやら」という顔をしている。
それはそうだ、あなたは人間ですが、どうですか?と聞かれてあれこれ答えられる者はいないだろう。
人は想像以上に自分が何者か答えられないものだ。
「それは当然オレが答えるべきだろう。メルリはエルフだ。見かけはなんら人間と変わらない、というのがオレのこだわりだがな」
「分かりました。とりあえず細かなこだわりは置いておくとして、メルリさんは【エルフ】と設定されて、そしてエルフでおられる」
「何の話だ? エルフはエルフだろ!?」
少しオレの語気が強まる。
あまりエルフエルフと騒がれるのは、何かメルリを侮蔑されている気がしてムカつく。
「悪意はないのですがお気に召さなかったら申し訳ありません。とりあえず少々我慢を。それで、エルフ、とは何です?」
「ん? エルフは…エルフ、だろ?」
あれ? オレ同じ答えを返したか? 芸がない。
「その通り、エルフはエルフなのですが、エルフとは何か?を定義もせず通用するのって、何か不思議ではありませんか?」
「…言われてみれば、確かに…」
「つまりこの世界は、【騎士】であるとか【エルフ】であるとかが、常識として通用する世界だと言えます」
確かに、普通の世界だったら「ウチのエルフは超カワイイ」とか言っても「妄想乙」くらいの返事しか返ってこないもんな。
…と、今まで隣で神妙に話を聞いていたメルリが急に俯いた。
「メルリ、どうした?」
「いえ、何にも…」
「そうは言うが、困った事があったら言って欲しい。心配かけたくないのは分かるが、黙っていられてもオレが心配になる」
メルリはパァッと明るい笑顔で
「はいっ。ありがとうございますっ!」
とは言うが。
「困ったものですね。さて、カナートはこの世界、どのような【設定】の世界だと考えていますか?」
「世界観ってところか」
「その通りです」
「景色的に針葉樹が多いから北寄り、北欧くらいの、中世ヨーロッパ的な世界、と思っているが」
「おおよそそれで間違いないと思います。実際、夏は白夜も起きますし」
「この世界にも季節ってあるのか?」
「もちろんあります。カレンダーが存在しないので日付は分からないにしても、自然現象としての春夏秋冬はあります。先の話通り、北欧あたりがモデルかと思われるので、夏でもそれほど暑くはなりませんが」
それはありがたい。温暖湿潤気候の夏はジメジメうっとうしいからな。
「今は?」
「初夏、といったところでしょうか? カレンダー換算で6月くらいですね。さて話を戻して、カナートご指摘の通り、北欧が舞台のファンタジー世界、くらいの感じがこの世界の【設定】ではないかと考えられます。なので、おおよそ世に出回っているファンタジー世界の設定はここでは既定の、詳細を指定しなくてもいい【設定】として使える、ということです」
「ふーん…それじゃぁそういったファンタジー世界に詳しいヤツのが有利ってことか?」
「そうでもあるしそうでもない。現にあなたはメチャクチャな【設定】の剣をお持ちだ。もし詳しかったら」
「名前は間違えんし、設定も詰めていたろうな」
「そういうことです。一方で詳しければ詳しいなりに、【既存の設定】を組み合わせて新しいものとして使ったりもします。キメラなんかがその例ですね。上手くいかないことも多いそうですが」
「いるの? キメラ」
「たまに。舞台の【設定】に無いものですから繁殖して増えることはないようです」
「アタシたちも話だけで見たことはないけどさ、ヤバいらしいよ?」
「ふーん」
「さて。結構話し込んでしまいましたね。僕からはこんなものですが」
「どうだったい? カナっち。まだ分かんないこと、ある?」
「魔王ってどこにいんの?」
「シッ」
パイセンが口の前に指を立て
「こういう人の多いとこじゃその話題は禁止ねー。どんなヤツに聞かれてるかも分からないからさー」
小声で言った
「なるほどね。了解した」
「あれー、ミキじゃなーい?」
女の声がした。
声の方を見れば…男2人に女が3人。うち一人こっちを指差しているちっこい…ネズミぃ⁈ 頭がネズミの女がいるんですが⁈ あ…こっちにゃウサギがいるか…
それはさておき、声の主はコイツだろう。
んで、コイツらがぞろぞろとこっちへやってきた。
「魔王って聞こえたからにゃにかと思ったらぁ。やだぁ、まだこの辺ウロウロしてたのぉ?」
なんだ?この舌っ足らずのネズミ頭の女。歳は見たところメルリと同じくらい?…メスガキってヤツ?
ガタッとイスをすっ飛ばす勢いでパイセンが立ち上がる。
「おやおや。シャルロットさんじゃありませんかー? しばらく見ない間に大きくなったわねー」
パイセンもそんなに背が高いわけではないが、ソイツはさらに低いのでネズミ頭をパイセンがポンポン叩く。
「にゃにおー! ヨワヨワジャコのクシェにぃ!」
そう言って両手挙げてプンスカしてる姿はまるで昭和のマンガだな。
「でしゃばるな、シャル」
「はぁぃぃ…ハルキ様、しゅみましぇん…」
えらく高圧的な男が一人。コイツがリーダーか。
「よお。久しぶりだなぁ、ミキぃ」
魔術師、と言われてどんなのを想像する?
まさにその想像通りに黒いローブを着た男…といってもなんだか小僧な感じだ。ただし生意気そうな。マッシュルームボブっていうの? 要するにキノコ頭。勘違いしたシブヤ系、とでもいうか。そしてさっきのチビ女もそうだが、このキノコ頭もやけに馴れ馴れしい。
「へー。アンタ、シャルにハルキ様とか呼ばせてんだー。エラくなったもんだねぇー」
「コッチじゃオレサマがリーダーだからなぁ」
「オレサマ、ねぇ…? 逃げ隠れるのに具合の良いアナでも、見つけたのかなー?」
「穴…? フンッ。そのうちオマエも従えてやるさ」
なんだ、コレ? 向かい席のユーリにヒソヒソと聞いてみた。
「知り合い?」
「前に、少し」
「ふーん…」
「よォユーリ。そのうち、あの時の礼にブッ飛ばしてやるからよォ」
チャッ
「やめて。ヒィちゃん」
刀に手を掛けたヒミコをパイセンが制する。
「今は抑えて。こんなとこじゃ…お店の中よ?」
「ハルキ。キミも、常に背中を気にした方がいいですよ」
「なんだぁ、やるんじゃないのかぁ? ん? おやおや、新顔かい?」
そのハルキとかいう男、ニヤニヤしながらメルリに近づいてきた。
「コイツ…エルフ、か? 耳が尖ってないとかちょーウケるんだけど」
上から下まで、下卑た視線がメルリを舐め回す。
「ふーん…コレ、【設定】なんだろ? オレサマが貰ってやるよ。かわいがってあげるからさぁ」
ソイツがメルリに触れようとした瞬間
「近寄んな。っていうか離れろ、毒キノコ」
オレは立ち上がるとその手をパンッと叩き飛ばし、メルリの前に割って入った。
「いッ! …毒キノコ…だと? なんだァ⁈ このチビ!」
いやいやいや、チビて…身長同じくらいなんだが。
「ご主人様…」
メルリが不安そうにオレの袖を掴む。
「大丈夫だ。オレが護る」
「ご主人様だァ? オマエ、こんなコ、侍らせてんのかよォ」
「口からクセェ胞子撒き散らしてんじゃネェ。言葉が理解るんなら今すぐこっから立ち去れ、サルノコシカケ!」
「なんだとォ? オマエェ! さっきからナマイキなんだよォッ!」
「ハルキ様、お控え下さい」
長身で髪の長い女がキノコを制した。
「お店の中です」
「分かってるよッ。…オマエ、名前、何ていうんだよ」
「まったく菌糸類ってのは礼儀を知らねぇってか。先に名乗れよ、サルマタケ」
「ナァにィ…チッ、まぁいい。オレサマはこのチーム『暗黒龍』のリーダー、反町ハルキだ。オマエは?」
「カナート=オヌマー」
「フン、スカした名前だ。オレサマは欲しいものは必ず手に入れる! そのエルフ、必ずオレサマのモノにしてみせるからなッ! よーく覚えとけッ!」
「オレはキノコの名前には疎いんだ」
「くぉのォォォ!」
「ハルキ様!」
「フン! ジャコのクシェに!」
捨て台詞を残してキノコとその一味は去っていった。
「ご主人様…」
「大丈夫か、メルリ。臭い胞子撒き散らされて散々だったろ」
「いえ、あの、そんな…」
「まぁ、座んなー、カナっちー」
オレはドスっと席に戻る。
「何なんだ、あのキノコとネズミ!」
「アイツら、昔…ヒィちゃんが来る前、か、うちのパーティーにいたんよ。シャルがいて、あのちっこい女ね、その後ハルキが入ってきて…それから二人揃って抜けちゃってねー」
「あのキノコ、強ぇの?」
「正直強い。あの男の魔法、【凍結烈焼】…」
「【凍結烈焼】?」
「凍らせたように相手を封じ、炎で焼き尽くす、恐るべき魔法…」
「ふーん…」
「ふーん、て…カナっち、アイツとはやり合っちゃダメよ?」
「向こうはやりたがってるみたいなんだが」
「それが困りものよねー…うーん、明日はちょっと早めに出よう。朝ごはん食べたらすぐ出発ね。ユー君、部屋は取ってあるんでしょー?」
「はい、人数分」
「さーすがユー君! ソツがないな。じゃぁ、宿に行きますかー!」
「カナート。ちなみにシャルロットはジャンガリアンハムスター、ですよ?」
「え? あ、はい…」
…違いが分からん…
◆
コンコン
ベッドでゴロンとしていたところへ訪問者だ。
(あの、メルリです)
「どうぞ。開いているよ」
「はい。失礼します」
カワイイ来訪者のためにむっくり起き上がる。
「どうした? まだ寝ないのか?」
「あの、ご主人様におやすみのあいさつを、と思いまして」
…くぅぅぅ…カワイイな!
「オレに気を使う必要はないぞ? 疲れているなら休めばいい」
「でも…」
なんかモジモジしている。
これは…まさか…
いやいやいや。
ダメでしょー。
えっちなのはいけないと思います!
落ち着け!
鎮まれ!
オレの邪心!
「そこではなんだ、中で少し話していくか?」
途端にパァッと眩いばかりの笑顔。
「はいっ!」
そうか、お話ししたかったのか。オレは安心したよ…
◆
「どうだ? 疲れてないか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか。今日もそうだったが明日も結構歩くことになるようだ。大変だぞ?」
「分かっています。メルリ、ご主人様の思っているよりも体力ありますから、大丈夫です」
「そうか。それなら
言い終わる前にメルリが切り出した。
「あの…ご主人様…」
「ん? なんだ?」
「メルリ…足手まといではないでしょうか?」
なんだと?
「メルリ、あの、全然お役に立てていないようで…守られてばかりで…」
「そんなことは
「メルリは! メルリの役目って何なのでしょうか? メルリは…メルリは…ご主人様のおそばにいても…いいのでしょう…か…?」
最後は聞き取れないほどの小声だった。そうか…そんなふうに思っていたか…
確かに。【設定】を見る限り、メルリに与えられた【役目】と呼べるものは無い。むしろ【役目】はオレの方にある。メルリを守ること、そして【設定】上はエルフの森を焼いた犯人を探すこと。ではメルリは何をすれば良いのだ? そこまでは考えていなかった。難しいな、【設定】。
「メルリは、オレと一緒にいるのは嫌か?」
「そんなことはありません!」
強い否定。それは強い肯定でもある。
「ご主人様がメルリのことをとても大切にして下さっていることは重々承知しています。でも、優しくされればされるほど、メルリにはご主人様にお返しできるものが何も無いと…それが辛くて…」
消え入るような、今にも泣きそうな声で。
一人でオレの部屋に来た理由が分かった。こんなの、知り合ったばかりの他人には聞かれたくないだろうからな。心の底からの本音だろう。
だが一方でこうも思う。メルリは、言ってみればただの【設定】だ。【設定】が不満を言うだろうか? 【設定】以上の何か…自我的なものが育っているような感じがする。言い換えれば、より人間らしい感情の発露とも言える。ならばオレは…彼女を、メルリを、【エルフ】ではない、【メイド】ではない、まして【設定】ではない、一人の【人】として接するべきではないのか?
「そうか、辛かったか。すまないことをした」
「いえ、ご主人様は何も…」
「何も言わない、何もしないことが、オレの罪だということさ」
「そんな…罪だなんて…」
メルリの顔が青ざめる。言ったことが想像以上に大ゴトになってビビってる子供のようだ。
でもいい。それでいいんだ。少しくらいわがままを言うくらいの方が、より人間らしいってことさ。
「オレは、確かにメルリに役目を負わせなかった。武器を持って戦わせたり、身を挺してオレを守ったり。オレは、メルリにそんなことをさせたくなかった」
「ご主人様…」
「いつもそばにいてくれる、優しい女の子であって欲しかった。でもそれはオレのわがままだ。メルリの気持ちを考えてなかった。だから…メルリ。汝に役目を申しつける!」
「は、はいっ!」
いきなりなので驚いたのだろう、すっくと立ち上がり気をつけ!の姿勢となった。
「オマエに、【笑顔の魔法】を授ける!」
…まぁそうだろう。はぁ?という顔をしている。
「【メルリが対象に微笑むごとに対象の体力回復、ダメージ回復、ステイタス異常回復。範囲はメルリが味方だと判断する相手まで。なお微笑みに体力消費、魔力消費はないものとする!】」
微かにメルリの全身が光ったような気がした。
「オレのそばでいつも笑顔でいる。それがメルリの【役目】だ」
そして次の瞬間
「はいっ! ありがとうございます、ご主人様!」
いつもの、眩い限りの笑顔が戻ってきた。
これでいいんだ。
これがいいんだ。
この笑顔を守るために、オレは戦える。男なんて、そんなもんだろ?
「あの、メルリの話を聞いてくださってありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた。
「お安いごようさ。辛い時、苦しい時があったら、いつでも話し相手になるから」
「はい。メルリもいつまでもご主人様のおそばにいられるよう、がんばります!」
両手拳をグッと握る。
「明日も早いらしいぞ。早く寝なさい」
「はい。それではご主人様、おやすみなさい」
で、メルリが出て行ってから、脳内の【設定】を確認してみる。
▽メルリ
【笑顔の魔法】が追加されました
◇効果◇
対象に微笑むごとに対象の体力回復、ダメージ回復、ステイタス異常回復
◇効果範囲◇
術者が味方だと判断する相手まで
なお微笑みに体力消費、魔力消費はないものとする
できるんだぁ、そんな【設定】…
◆
ED「しょー⭐︎みー⭐︎せってー」
https://youtube.com/shorts/-xdiB2mkXBU