第二章① そーゆーの考えるの苦手なんだよ
YouTubeにて音声動画上げてます
OP「なりたい自分になればいい」
https://youtube.com/shorts/dFH4la04NC4
お手数ですがブラウザでコピペしてお聴きください
白い木肌の白樺の森を抜けると草っ原。
その中を歩き続け続けるとまた白樺の森、そして草っ原の繰り返し。
それにしてもやけに歩くの長くね?
「西の街へ行くって、なんか交通機関とか使わないのか? っていうか、無い?」
オムルアを出発してからずっと歩きっぱなしなのだ。
歩きすぎてメルリの脚が筋肉ムキムキになったらどうすんじゃい!と思ったりもするのだが、当のメルリは疲れたとはおくびにも出さず、むしろ鼻歌混じりで楽しそうに歩いている。
歩いているのだが…
「あっ!」
転ぶ。
「あぁっ!」
転ぶ。
「あぁん!」
よく転ぶ。
びっくりするほどよく転ぶ。
…今…何も無いところでコケたよね?
「メルリ、手を貸そうか?」
と手を差し出すが
「い、いえ、大丈夫です! 一人で歩けますから!」
そう言ってから何やら「しまった!」って顔。
まぁ欠点なんか誰だってあるし、むしろ庇護欲が湧くというものだろ?
一方オレは…リアルのボディはヨワヨワヨレヨレのザコ体力だったのだがこの世界では多少まともな身体を与えられた。
ああ、これが異世界効果なんだろうか。感謝。
それでも本質は変わらないのか、おひさまの光降り注ぐ中歩くのはしんどい。何しろ年単位のヒキコモリ生活だったからなぁ。
ユーリは炭焼き小屋の長男が背負っているような大きな箱を背負ってシャキシャキ歩いている。健脚だなぁ…
それはさておき、てっきり駅前まで歩いて行くくらいの距離感だと思ってたのに。それでさっきのようにユーリに聞いてみたのだが
「なくは無いですが、あなたの剣の試し斬りの旅でもあるのです、乗り物では斬っても良さげな相手と遭遇することもないでしょう?」
「なるほどそうか。それでどれくらい掛かるんだ? その…西の街の…ナントカは」
「サージエンスです。大体3日くらいですかね」
「3日⁈ そんなに⁈」
サージエンス、遠すぎないか?
「この世界のマップ感は大体そんなもんです。人口密集地どうしの距離感が徒歩だと数日単位ですからね」
「マジか。広いなこの世界」
「そうそう、昨夜話しそびれたことがありまして、途中少し寄り道をしたいのですが、よろしいですか? 仲間と合流します」
「仲間? ユーリ一人旅じゃなかったの?」
「いえ、やはりこの世界、一人で生きていくのは厳しいのでね、仲間とつるんでパーティーを組んでいます。多人数はお嫌いで?」
「そんなことないが…」
と、メルリの方を見ると
「ご主人様がよろしければ。それに大人数のほうが賑やかで楽しそうです」
嬉しそうに言う。
「だってさ。なら決定だ」
「ハハッ、ありがとうございます」
◆
さて、魔物を斬ってみろとユーリに言われたものの。
「…案外いないもんだな…」
何しろこっちの世界へ転生してすぐさまゴブリンとエンカウントだったからな。だもんで石を投げれば魔物に当たるくらいに思ってたんだが。
「ゲームのように歩数で抽選じゃないですからね。こんなこともあるんじゃないでしょうか」
と、オレとユーリの間にいたメルリが、とっとっとーと駆け出した。
「どうした? メルリ」
数m先、道脇の藪の中を覗こんでいる。
「この茂みの中とかにいたりしませ あ…」
ガサッ
ボヨン
「キャァァァ!」
…魔物って、そんな何も無さそうなところから出るもんなの?
「メルリ!」
茂みの中から直径1mほどのスライムが1体。
オレはメルリの前に割って入り、一太刀浴びせんと剣を抜く。
「エックスカリなーッ!」
ブゥォフッ
ジュワ…
…何が起こったのか説明せねばなるまい。
剣を抜く→炎の塊が出る→スライム蒸発
ということなんだが…
「どういうことだ? これ、剣じゃないの? え? ちょっと見ないうちに火炎放射器になっちゃった?」
「いえ…どういう剣か【設定】されてない以上、どういう刃が出るかは分からないということ…でしょうか?」
「オレに聞くなよ…毎回ランダムなんだろか?」
「僕に聞かれても。敵の属性に合わせて変化してくれればいいんでしょうが…そこまで便利ではなさそうですし」
今、軽くディスられた?
「そういうつもりはないですが…どうでしょう、今の剣、名前つけて技名として登録できないでしょうか?」
「どうかな…?」
どうやって登録すんだろうな?
今のやつ→[技名]
とかでいいんだろうか?
…技名、か。
こういう細かいの考えるのが苦手だ。
これ、出す時に叫ぶんでしょ?
なんかカッコいいヤツがいいな…なんかこう、ジュワッと焼ける…
焼き鳥って、英語だとバーベキューでいいのかな?
【焼き鳥火炎】、とかな。
なーんて
▽【技名】焼き鳥火炎を登録しました
ウソ… だろ…
「なぁユーリ…登録した技名って…変えられないんだよな…」
「そうですが…何と?」
「【焼き鳥火炎】…」
「ぷっ…くくく…」
そりゃ笑うよな。オレは泣きたいが。
相手を焼きたい時にはこれ叫ぶのかぁ…使用がためらわれる。
それにしても。
「メルリ、今の、いるって分かってたのか?」
「いえ、全然」
「召喚でもした?」
「いやですよー、召喚なんて上等な魔法、メルリが使えるわけないですよー。こうやって茂みを覗い デター!?」
ボヨン
またもや茂みからスライムが飛び出した。
「はわわわわ⁈ ごごごご主人様! ホホホホントにメメメメルリが呼び出しまったんでしょうか⁈」
慌て過ぎて噛みッカミだ…
「そんなわけあるかい! エックスカリなーッ!」
◆
こんな感じで…メルリが覗くところ覗くところあちこちから何某かが出てくるのだが、そのうちメルリもいそうなところ、というか気配的なものを感じられるようになったようだ。
それで出てきたもの片っ端から斬ってみるのだが…いかんせん技名設定時の雑念が酷くてな…
【南極の氷】
【近所の落雷】
【噴水切断】
などなど…
…【設定】中は集中しないとダメだな。
だがその集中力ってのがそもそもないからなぁ。
「色々 ククッ 属 クッ 性 フ 出ました ね」
ユーリよ、笑うかしゃべるかどっちかにしろ。
こっちは笑うか泣くかの選択だ。
これ…叫ぶのかぁ…
「これ、魔法とは違う…んですよね?」
「オレ、魔法使いじゃないし」
「火、氷、雷、水と出てますから、主要な属性だとあとは土、ですかねぇ。何が出るんでしょうねぇ?」
ユーリはワクワクしながら聞いてくるが…分からん。だから試し斬りしてるんだが。
それにしても…
「最初に出た、おまえをブッ飛ばしたヤツ。あれ出ないな」
「そうですね。あれ、属性、何なのでしょう?」
「分からん。夢中で抜いたからな。っていうか、受けた側的にはどうなのよ?」
「うーん…斬られた、って感じじゃないんですよね。殴られたというのとも違いますし…」
「圧縮された空気の衝撃波というのとも違う?」
「どうなんですかね? そもそも衝撃波を受けた経験がないですから」
そりゃそうだ。
「それにしてもどれもこれも威力高いですね。【焼き鳥火炎】なんか、火炎どころじゃなかったですよ?」
「あれはな…プラズマだ」
「ホントですかっ?」
「世の中、不条理な物理現象はプラズマで説明できるんだ。大学の偉い人が言ったから間違いない」
「ああ…そういう…さて、もう少し歩いたところで休憩しましょう」
というわけで休憩。ユーリ言うところの『石碑前』って場所だ。確かに石碑があるが、文字は、ない。草っ原の中にただ石板が立ってるだけ。待ち合わせ場所にいいらしいのだが、ハチ公みたいなもん?
◆
その後もスライムやゴブリンを斬るだけ切ってみたが、それほど技が増えたわけでもなかった。
ユーリご希望(?)の土属性は地面を揺らす【大地鳴動】、風属性が、真空の刃物とでも言うべきものが飛び回る【夜のかまいたち】が出たくらい。
なんか聞き覚えがある? 気のせいだろう。
出る確率にもバラつきがあるようだ。雷はよく出る。次いで火と水なのだが、若干威力にムラがある気がする。土と風があまり出てこない。まるでソシャゲのガチャだ。土、風あたりでSRくらいなのか?運営さんにはもうちょっと確率を甘くしてもらえるよう懇願する。
そして相変わらずユーリを倒したアレがなかなか出てこない。アレってURくらいだったのだろうか? するとオレは一発目でUR引いたことになるんだが。
だが根気よく続ければ、いつかは巡り合えるものなのだ。
「ご主人様! スライムです!」
「上出来だっ! エックスカリなーッ!」
どうよ、このメルリとのコンビネーション。
そして数をこなせば成長するのはメルリも同じで、スライムとゴブリンの区別がつくようになった。
それはそうと今放った刃。
見事スライムを捉えたが、今までと様子が違う。
これまでは焼けたり切れたりしたもんだが、今斬ったヤツは、そもそも切れていない。
ズドッと鈍い音を立てたかと思うとそのまま動かなくなり、それから消えていった。
「なんだ、今の…」
「なんか、僕が喰らったのと似ているかもしれない…」
「だとすると…なんだ? 一体どういう効果があったんだ?」
「僕は【設定】を抜かれましたが…スライムじゃ抜くような【設定】はありませんからね」
「うーむ…一応名前は付けとくか。レア物っぽいし…」
で、また名前付けんのかー。
ユーリの設定を抜き取ったってヤツなんだろ?
でもブン殴って【設定】抜き取るとか、強盗なんじゃねぇかなぁ?
…あ、しまった…
▽技名【設定強盗】を登録しました
ああ…また心を無にできなかった…
【設定強盗】ねぇ…まぁ他人の設定には興味ないからな、使えんでも問題ないだろう、多分。
さて…
「まだ続けるか?」
「オラシオン次第です」
「ふむ…少し早いが昼の休憩に
「ご主人様っ! 気配が! これは…人です! 人間ですっ! たくさん!」
慌て声でメルリが報告する。
「何ッ?」
「しかも…移動が速いですっ!」
「乗り物にでも乗ってるのか?」
「おそらく!」
ブォーという盛大な排気音と共に、森の木々の中から何者かが多数、バイクに乗って出てきた。
1、2、3、…全部で5人。
その姿、革ジャンに革パン、金属のトゲトゲ、そして…頭はモヒカン。
ある意味スゴい。世紀末的な伝説のアレだ。
そしてオレたちは囲まれる。
「【設定】、出してもらおうか」
カネ目のもの、じゃないのか。
そこはやはり【設定】が重視されるファンタジー世界ならでは、か。
いや、そもそも出し方知らんが。
「出さぬ、と言ったら…?」
「力ずくで奪うまでよ!」
「おもしれぇ! やってみやがれッ! エックスカリなーッ!」
◆
「ホントに…済まなかった…」
オレは今、二人の前で謝罪会見中だ。
「そんな…ご主人様は悪く…」
「まぁ、この程度で済んで良かった、と思いましょう」
皆に慰められる。
情けない…
ことの顛末はこうだ…
◆
「エックスカリなーッ!」
これまでと同じように剣を抜く。
抜いたはずだった。
すかぁ
「あっれぇ?」
刃が、無い。
いやそもそも人目に見えぬ刃ゆえ、傍目には見えないことに何の疑問もないだろうが、まずオレに手応えが無かった。
その上、斬る予定の盗賊たちは燃えも消えもせず五体満足、何事も起こらない。
「なんだぁ? そりゃ?」
「なんだコイツぁ、口だけかぁッ?」
「そっちがそれで終わりなら、こっちから行くぜ! あばよッ!」
そして、盗賊たちの刃を一身に受けたのだった…
刃を浴びた瞬間、メルリの銀髪のポニーテールが薄桃色のミディアムボブに、濃紺のビクトリアン調ロングスカートが赤茶色に黒エプロンのミニスカメイド服に早変わりした。
なんでそんなことになるのかは後述するが…
その後、盗賊たちはユーリが撃退、逃げて行った…そうだ。
おかげでメルリも無事。
後で聞いた話、ではあるのだが。
◆
オレは盗賊たちの刃を一身に浴び、その結果【設定】を盗まれ、しばし気を失っていたそうな。いわば【設定】の強盗に遭ったわけだ。やる前にやられるとは…
そして奪われた【設定】というのが…
「まずはメルリさんの着衣と髪型、ですね」
着衣、すなわちメイド服を盗まれたわけだが、メルリは指一本触れられていない。
というのも、髪型も全て「オレの中」から引っこ抜かれた。
メイド服も脱がされたわけでなく、【設定】を引っこ抜かれた瞬間、それは消えた。だが予備の、とでも言えばいいのか、元々メルリの設定には第2案があり、ビクトリアンが消えた瞬間、ミニスカに変わり、銀髪ポニーも桃色ボブに変わった。
1フレームたりとも下着とかハゲ頭が見えたりしないので期待しないように。BD版だとどうか知らんけどな!
「メルリの設定は迷ってたんだ…どっちもいいなぁって思ってて…」
「そっちはともかくなんとかなってるので良しとして」
「ああ…」
こともあろうか、オレの名前を持ってかれてしまった。だから今、誰もオレの名を呼ぶことができない。オレもオレをオレとしか呼べないのだ。唯一メルリだけが「ご主人様」とオレ個体を認識できる呼び方ができている。
「名前、無いとやっぱ不便だよな?」
「それはそうです。まぁ名前の項目が白紙になってるだけなので、決まりさえすれば今すぐにでも名前が付きますが」
「ふーむ…」
だが何も考えたくなかった。めんどくさいというのが一番だが、自分のネーミングセンスを考えるとうっかりトンチキな名前になってしまう。今この瞬間もトンチキネームが付かないよう、必死に頭を空っぽにしてるんだ。
「…ご主人様」
神妙な面持ちで、メルリが口を開く。
「なんだ?」
「お名前、メルリがお付けしてもよろしいでしょうか?」
なんと!
「助かる。むしろ即採用の方向で!」
「では…【カナート=オヌマー】」
…なんだ? この感じ…
空いた穴が塞がっていくような…足りないものが満たされるような…
▽名前【カナート=オヌマー】が登録されました
よっしゃ。
「オレは…カナート=オヌマー…」
「へぇ…メルリさん側からでもできるんですね。では僕の方でも再登録で…はいオッケー。よろしくお願いします、カナート。今度は名前、奪われないようにしないと」
「当たり前だ! メルリから貰った名前だぞ? コイツは死んでも渡さねェ!」
「ご主人様…!」
メルリが嬉しそうだ。
やっぱりメルリはカワイイ。うん。
◆
ED「しょー⭐︎みー⭐︎せってー」
https://youtube.com/shorts/-xdiB2mkXBU