第9話 夏休みでも休まらない
梅雨明け前の曇天から一転、晴れ渡った空の下。
うだるような暑さなどお構いなしとばかりに校庭にて終業式が行われていた。
眠気を誘われる校長の話を聞き流し、僕は二年生になってからの出来事を振り返ってみた。
だが、思い浮かぶものと言えば綾小路の顔と、彼と過ごした時のことくらい。たった数ヶ月で彼の存在が自分の中で思っていたよりも大きなものになっていたことに、改めて驚く。
最初はただのうざったい後輩でしかなかった。それが、今は唯一の友達だなんて。
そう考えている最中すら、ちらちらと視界の端に彼の姿が映っている。
学年が違うはずなのにどうして僕の近くにいるのだろうか。
「ねぇ、駿先輩」
「…………」
「気づいてるでしょ。いけずだなぁ」
しばらく聞こえないふりをしていたら、ちょんと頬を突かれた。
不意打ちにびくっ、と肩を跳ねさせてしまう僕。綾小路はニヤニヤと笑っていた。
「なんだよ」
「いや、ちょっと駿先輩の顔が見たくなっちゃってさ。こんな面倒臭い行事からさっさと逃げ出して、遊びに行かない?」
「……悪い、綾小路。僕は夏は苦手なんだよ。早々に帰ってゴロゴロ過ごしたい」
え、となぜか綾小路が目を丸くする。
しかし彼が何か言う前に生徒指導の先生がこちらへやって来て、「やばっ」と彼は逃げ出した。
本当に騒がしい奴だ。うざったさは出会った当初から変わらない。
彼の後ろ姿を見ながら、夏休みはしばらく遊んでやれないなぁ、などとぼんやり考える。
僕は冗談でも言い訳でも何でもなく夏が嫌いなのだ。
小学生のとある夏から、ずっと。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
少しでも演劇部の足しにしようと映画や演劇を動画配信サービスで見まくったり、ダラダラとネットゲームに耽ったり、テスト勉強したり。
僕の夏休みは、いつも引きこもり生活となる。
親はあまりいい顔をしない。が、僕が外に出るのを極度に嫌がるのですっかり諦めているらしく、申し訳ないながらも助かっている。
勉強さえしていれば将来に響くこともないはずだ。そんな風に自分に言い聞かせて、毎年やり過ごしていた。
本来であれば今年もそうなるはずだった。
なのに。
「探したよ、駿先輩」
「お前は僕のストーカーかよ」
夏休み初日の昼下がり、僕の自堕落な休暇を邪魔する男が、なぜか窓から乗り込んできやがったのである。
完全なる不法侵入。ちなみに家の住所は教えていない。
通報してやろうかと一瞬考えてやめた。さすがに年下の友達を警察のご厄介にさせるのはよろしくない。
「帰れ」
「ふふふ、お断り。駿先輩、メッセージも見てくれないから心配して来てあげたんだよ。ちょっとくらい長居してもいいでしょ?」
そういえばメッセージ通知を見るのを忘れていた。いや、綾小路に会ってやれないのが少し申し訳なくて、見たくなかっただけかも知れない。
だからと言って家を探し当てて不法侵入するのはどうかと思うが。
「僕の元気な顔が見れた。それで充分だろ。僕はこれから昼寝するから」
「なら、オレが膝枕してあげよっか?」
「それで僕が喜ぶと思うのか」
「いいからいいから」
グイ、と僕の肩を引き寄せる綾小路。
少しばかり力の込められた掌は、じんわりとあたたかい。その熱を一瞬受け入れてもいいような気に――絆されそうになってしまって。僕は慌てて身を引いた。
「男同士なのに膝枕なんてやめてくれ! お前はどうだか知らないけど、僕は恥ずかしい」
「誰も見てないのに?」
「それでもだ!」
穏やかな夏休みは、たった半日で終わりを告げてしまった。
仕方なく二人プレイのテレビゲームで遊んでやり、そのあと勉強会をしたが、その間ずっと気が気ではなかった。
家にお呼ばれされたり逆に呼んだことがなかったのは、誰の目も届かない場所では何かの間違いが起こってもおかしくないからだったというのに……僕の身にもなってほしい。
最悪な事態は起こらなかったが、散々振り回され続けて。
満足したらしく日暮れ頃になってようやく帰ってくれることになった。
「じゃあまた明日も来るね」
「来るな。毎日来られたら身がもたない。せめて週一にしろ」
本当に綾小路という奴は。
「仕方ないなぁ。あ、それと、一つ言い忘れてたことがあったんだった」
窓に足をかけ、綾小路が振り返る。
この時点で嫌な予感がしたが、告げられたのは予想以上に僕の心を乱すもので。
「今度の夏祭り、一緒に行かない?」
――は??
僕は初めて彼の顔面をぶん殴ってやりたくなったが、すぐに窓の外へ逃げられた。