第8話 変わったようで変わらないようでやっぱり変わった日常
綾小路と友人になった。
だからどうというわけではない。だが、綾小路のやけに親しげな振る舞いを「友達なんだから」と違和感なく受け入れやすくなったし、どこかやましいことをしているような気持ちが薄れた。
出会って数ヶ月のただの後輩と友達なんておかしい気もするが、今更である。
部活の仲間、特に部長には早々に勘づかれた。
「まさか懐かれるどころか期待の大型新人と友達になるだなんて」と可愛い顔で楽しげにくすくす笑われた上、「二人のこと、陰ながら応援していますね」と背中を押された。
彼女は綾小路を入部当初から目をかけているので、綾小路の友人として及第点か判断した結果、認められたのだろう。
そんなこんなありつつも、何かしらの噂を流されることもなく事件も起こらず、概ね平凡に毎日を過ごせている。
学校に行き、昼休みを綾小路と共にして、演劇部の練習を終えて帰る。拍子抜けするくらい平和だ。もちろん、平和が何よりなのだが。
強いて言うなら、グイグイ迫ってくる綾小路に困らされ続けているということくらいだ。
「友達になったんだから、オレの家に来ても問題ないってことだよね」
しきりに誘ってきては、僕を家に連れ込もうとする綾小路。
確かに友達ならおかしくないのだとは思う。しかし、綾小路の熱を帯び過ぎた視線が怖いのだ。
「いや、まだ早いっていうか……」
「別に早いことなんてないと思うけど?」
「それより来週の土曜、一緒にカラオケに行かないか? 僕の演技が下手すぎるから台本読みの練習しろって三年の先輩に言われててさ。付き合ってほしい」
「わかった。駿先輩が行きたいんだったらカラオケでいいよ。君と過ごすならどこだって楽しいからさ」
体力作りと称して公園でランニングしたり、カフェでまったり過ごしたり、かと思えば昔ながらのゲーセンでバチバチと火花を散らしてみたり……とすでに五回以上、綾小路と二人で遊びに出掛けている。
そのいずれも全力で満喫してくれているようで、僕としても悪い気はしていない。というか結構嬉しかった。
決して日常が大きく変わったわけではないが、ほんのり鮮やかに色づいたように思う。綾小路に感謝するのは少し癪なので直接伝えたことはない。
やはり友達はいいものだ。できればずっと友達のままでいたいと思っている。
それが叶うかどうかは、わからないけれど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
出会いの春からの日々はあっという間で、早くももう一学期が終わろうとしている。
梅雨明け寸前のじっとりとした空気が漂う朝。
自転車と同じくらいの速度で一人の少年が走ってきた。
言うまでもなく綾小路である。曇天に似合わぬ爽やかな笑顔だった。
「……カラオケ前で落ち合うって話だったよな?」
「待ちきれなくて走って来た。君とはできるだけ長く過ごしたいし。いいでしょ?」
「そりゃ、いいけど」
綾小路と僕の家はおそらくそれなりに離れていて、学校からの帰路も違う。カラオケボックスに向かうなら僕の家に立ち寄るのは完全に寄り道となり、倍以上の距離を行かなければならなくなる。
だが、綾小路に疲れは見えなかった。その驚異的な体力を欠片でも分けてほしいものだ。
降り注ぐ小雨をものともせず、彼は僕と肩を組んで――というか、実質引きずられるようにしてカラオケボックスまでに行くことになった。
綾小路的には普通の走りなのかも知れないが、僕には到底ついていけるわけもないのに、「しんどいんだったらお姫様抱っこ、してあげようか?」と悪魔のような笑みを向けられてしまっては、音を上げることもできなかった。
本当に体力を分けてほしい。
カラオケボックスについてようやく、解放してもらえた。
「はぁ、はぁ……っ。ちょっとは僕に優しくしてくれ。それでも友達か?」
「駿先輩、ずいぶん貧弱になっちゃってるみたいだから鍛え直さなくちゃと思ってるんだよね。駿先輩は絶対強い方がカッコいい」
「何を知ったようなことを……」
でも綾小路なら本当に僕のことを何から何まで知っていそうで怖いので、深く探るのはやめよう。
それより。
「早速、台本読み練習始めるぞ」
僕たちはそれぞれ持参した練習用台本を開く。
その中にあるセリフを選んで、狭い個室の中で演じ始めた。
綾小路は熱烈な愛のセリフを。僕は小っ恥ずかしいので、無難な青春部活モノのセリフを。
「愛してる」と恋愛シュミレーションゲームに出てくる男さながらのボイスを響かせる綾小路にくらくらしつつ、彼に教えを乞うて、僕も少しでも上手くなれるよう練習を重ねていった。
そうする時間はとても充実していて……なんだか懐かしく感じる。
どうして『懐かしい』だなんて思ってしまうのかは自分でもわからないが。
練習を終えたら、せっかくカラオケに来たのだからと歌って踊って、疲れ切ってぐったりとなるまで彼との和やかな時間は続いた。
以前の僕なら絶対、綾小路を過剰に警戒して楽しむどころではなかっただろう。なのに友達になったというだけですっかり緊張感が薄れてしまっている。
あくまで友達としてだが、好ましく思い始めているのかも知れなかった。