第7話 まずは友達から
綾小路は、出会った当初に思っていたのとは別の意味で近づいてはいけない相手なのではないだろうか。
ただのチャラ男なんかではない。確証はないが、そんな気がしてならなかった。
あれから女子生徒からの嫉妬はずいぶん減った。「オレが睨みを利かせてるからね」と笑う彼の目は、全く笑っていない。
かと思えばすぐに視線が熱を帯びて僕を見つめてくる。情緒不安定というか、僕を好きで好きで仕方ないみたいな、そんな態度だ。
部活の中では控えているようだが、それでも他の部員からジロジロ見られるくらいには関係を怪しまれている。
誓って僕と綾小路の仲は何でもないので、変な風に思われないといいのだが。
連絡先を交換したおかげで、『今日のお弁当は何がいい?』とか『学校でこっそり君のこと見てたの、気づいてた?』などなど、どうでもいいメッセージが数時間おきに届くようにもなった。面倒臭いのでほとんどは適当にあしらっている。
はっきり言って迷惑だし、気持ち悪くて当然のはずなのに、思ってしまう。
――まるで恋人同士だな。
と。
僕と綾小路が恋人同士なんて、天地がひっくり返ったってあり得ない話だ。
だって僕には……。
「はい、あーん」
「余計なお世話だよ」
「ちぇっ」
昼休み。
いつものように箸を向けてくる綾小路は、互いの肩が触れ合いそうなほどに距離が近い。
彼があえて徐々に間隔を詰めてきているのはわかっている。思い切って一度理由を訊いてみたら、「これくらいオレと君なら当たり前だったじゃん」と誤魔化された。
綾小路に僕の間に何があったというのか。告白?事件と嫉妬事件以降、特に思い当たる節がない。
「駿先輩、昼休みと部活でしか会えないなんて寂しいな。良かったらオレの家に遊びにおいでよ」
「おう、いいぞ――とでも言うと思ったか馬鹿。行く理由がないだろ」
「うーん、でも、駿先輩はオレの友達でしょ?」
こてんと首を傾げ、長身イケメンに媚びられても全然嬉しくない。
その仕草は大型犬を思わせた。見えない尻尾をぶんぶん振っている幻覚が見える。
「お前と友達になった覚えはない」
「連絡先交換したのに?」
「あれはお前に強く言われて仕方なく……」
「オレはずっと前から友達のつもりだったけど、君は違ったんだね。そっか、じゃあ改めて」
綾小路は僕の耳元に口を寄せて、囁くように言った。
「まずは友達から始めてください」
鼓膜をくすぐられ、僕は思わず女の子みたいに「ひゃん」と小さく悲鳴を上げてしまう。
だが仕方のないことだった。小さな囁きは、どろりとした砂糖菓子のような甘い響きをしていたから。
甘ったるい声は鼓膜から全身へと浸透していくように感じられた。
一体彼は今まで何人口説いて、虜にしてきたのだろう?
女が好きになれなくとも、少し気に入った男をすぐに靡かせるくらいの口説きの技術がある。
きっと言葉も仕草も意図的なんだろう。役者の才能があると思う。チャラチャラした見た目のくせにおねだりしてくるところまで完璧だ。
ときめくはずのない、ときめいてはいけない僕の胸の鼓動が、うっかり早鐘を打ちそうになってしまうくらいには。
「何その反応、かーわいい」
「可愛いとか言うな!」
羞恥に頬が赤くなり、それがますます恥ずかしい。
男に可愛いと言われるとか、最悪過ぎる。
「……ねぇ、返事は? 聞かせてよ」
友達から、ということは最終的にそれ以上の関係になりたいと言われているわけで、頷くべきではないのは明白。
なのに、甘ったるい声音のくせに、有無を言わせぬ力強さがあった。
――友達、か。
僕には長らく……中学時代も、高校に入ってからもずっと友達がいなかった。
知り合いと呼べるくらいに話す相手や、部活仲間はいた。けれど影が薄いせいか、どうしても親しくなれないのだ。
かつて友達と呼べた相手とは離れて久しい。
だから綾小路との友人関係になるというのは少し、ほんの少しだけ魅力的に思えて。
「友達くらい、なら」
そう、答えてしまったのだった。