第20話 舞台の幕は上がる
僕たちの姿が見えないので、長い時間探されていたようだ。寝ぼけていて気づかなかった。申し訳ない。
ロッカー事件は大騒ぎになったが、どうにか美人部長が場を収めてくれた。
僕の口から犯行が公になった出海の処遇は、当然ながら退部。
だが巻き込まれ被害者である綾小路が「即退部は可哀想じゃない?」とフォローしたため、舞台だけは共にすることに。
不満がないではなかったが、その方が混乱が生じないのは確かなので何も言わなかった。
そんなこんなありつつも、上演時刻はやって来る。
いよいよ演劇部の出し物である、舞台が始まるのだ。
体育館のステージに簡易で取り付けられた幕がゆっくりと上がっていく。
僕は最高のメインヒロインを演じ、綾小路を虜にしてやろうと決めた。
「今日も可愛いね」
「当たり前。でも、言葉にしてくれるのは嬉しい……ふへへ」
「チョロっ」
「何それ、思っても口で言わないでしょ普通!?」
噛まないで、でも照れているのがわかる演技を心がける。
「カッコ良くて、皆の光になるようなあなたに引き寄せられる子はたくさんいる。私もその中の一人。でもね、一番最初にあなたという光に脳を焼かれたのは、私なんだよ?」
綾小路に、この想いが少しでも届きますように。
「だから、いつもみたいに笑ってよ。真面目なあなたも好きだけど、いつものへらへらした顔を見てる方が安心するの」
ロッカーを出てから聞いた。
西洋では、幼い頃は金髪で、成長するにつれて茶髪になるらしい。
髪も、そして瞳の色も全て天然。
へらへらと笑っているのは、僕以外の全てがどうでもいいから、受け流しているうちに癖になってしまったのだという。
彼はチャラ男『風』なだけで、実のところチャラ男などではなかった。
チャラ男なら、わざわざ手間暇をかけて僕を探し出したりしない。彼との再会が偶然ではないことくらい、僕にだって想像がつく。綾小路はそれだけの努力をしたのだ。
「ねぇ。オレじゃ、嫌?」
「嫌じゃない。でも私なんかで、本当にいいの?」
「さすがのオレでも、嘘や冗談でこんなこと言うわけがないよ。君だけが好きなんだ、ずっと」
知らなかった。気づいていなかった。
僕のどこにそんな価値があるかはわからないけれど、素直に嬉しい。
だから。
「ありがとう、大好き」
ずっと認めてこなかった胸の高鳴りの意味を、言葉にしよう。
ずるくて、悪戯で、それなのに優しい。
そんなお前に、僕は惚れたくないのに惚れさせられてしまったのだと。
今日の演技はいつになく力が入った。半分演技ではなかったから当然だ。
どうだ、ドキドキするだろう。恥ずかしいだろう。恥じらえ。恥じらって、僕の虜になればいい。
そう、思っていたのに。
綾小路は心底楽しそうにニヤリと唇を歪める。
そして、元々のセリフとはまるっきり違うことを言いやがった。
「知ってる。だからさ、オレと結婚してくれない? ――今度こそ、絶対に」
しかもエアーではなく、本物の口付けをしながら。
僕のファーストキスは舞台上で奪われた。
互いの唇を重ね合わせる感触は柔らかく、砂糖菓子のように甘美だった。
本当に、こいつには敵わない。
どうして平然としていられるのか。僕の全力の『大好き』の言葉を嘲笑うかのように、特大サプライズをしてくるのだから困る。
勝手にセリフを変えていいのかとか、日本では男同士は結婚できないだろうとか、そんなくだらないことは横に置いておく。
ここは舞台の上。そして僕はメインヒロイン。ならば返事は決まっている。
目に涙を溜めながら、嬉しさが溢れるような笑顔で、小さく頷いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
幕引き後の拍手は凄まじかった。想いを伝えた余韻を引きずっていた僕を現実に引き戻すくらいには。
文化祭において、一番評価が良かったのは演劇部の出し物だった。
脇役として出演していた出海を欠いた演劇部で、部員全員が大歓喜した。こうして、僕らの文化祭は大成功を収めたのである。
舞台上で幸せに結ばれた二人――つまり僕たちは、舞台の外でも付き合い始めた。
昼休みやら放課後やらにチュッチュチュッチュと口付けを繰り返すものだから周囲からは若干引かれているが、そんなことはどうでもいい。
記憶の中のルイを気にする必要はもう消え失せたのだ。
あとに残るのは、チャラ男に見えて全くチャラ男ではない彼との新たな誓いだけなのだから。
これにて完結です。
作者初のBL小説なので拙い部分があったと思いますが、最後までお付き合いくださいましてありがとうございました!